風雪すさぶ師走のCD収録

50周年記念事業

 1998年(平10)の師走、室蘭は例年に無い程の大雪に見舞われ、寒風が白鳥大橋を激しく揺るがせていた。今日は学歌・寮歌のCD収録の日である、私は自らの「エール」を高唱すべく室蘭にやって来た。

 山の手の仏坂に面して建つ懐かしのJOIU,NHK室蘭放送局にはスタジオ収録の便宜を快諾頂いた、同窓で副局長の石井英敏氏(昭44・2部電気)と配下の技術担当者2名が寒い中を笑顔で迎えてくれる。

 この春、私が折に触れて提言して来た「学歌・寮歌のCD制作」の意義が認められ、当時の理事長竹内隆男教授(昭33・化工)の英断もあって、大学設置50周年記念事業の一環としてCDの制作が決まっていた。

 また、具体的作業の母校側責任者は現理事長の高橋洋志教授(41年・化工)が指名されていた。やがてNHKには、高橋教授に引率されて母校の管弦楽団と合唱団の後輩たちが雪の中を続々と集まって来る。

 管弦楽団がスタジオ一杯に展開すると、母校にもこんな立派な管弦楽団が有ったのかと、夢想だにもしなかった見事な陣容に私は感嘆してしまった。四月に入学して弦楽器を初めて手にしたばかりの団員までも上手に纏め、古川将也君(建設3年)が管弦楽団のタクトを振り続ける。何度も音合わせを繰り返しながらやっと伴奏曲を収録、次はイヤーホーンから流れる伴奏曲に合わせて合唱の収録に入っていった。合唱団の指揮を今度は坂根堅之君(材物・3年)が取る、団員も練習と共に声が出始め、学歌の四部合唱では特に難しい女声パートのバランスに注意しつつ収録が進められて行く。

 スタジオの副調整室では技術担当が試聴しては、マルチマイクの配置を丁寧に変更して、忍耐の要る収録作業が繰り返し続けられたのであった。休日とあって暖房も無く寒いスタジオは、学生の吐く息さえも白く感じられて居たが、噴火湾も暮れなずむ夕方になって、やっと収録を終える事が出来た。

 私は、測量山のイルミネーションが美しく輝き出すのを後にして、友人が待つ次の目的地登別温泉へと向かった。東室蘭から急行に飛び乗ると、雪明かりの中に車窓を遠ざかる鷲別の黒い切り立った岬が、遠い青春の思い出を誘っていた。

 完成したCDは、最初の導入部に僅かな不協和音があったり、女性ソプラノが多少元気過ぎる所もあるが、これによってCDの価値はいささかも損なわれるものでは無い。華麗さの無い演奏がむしろ寮歌の寂寥さ、学歌の重厚さを表現して余りあるものとなった。学歌四部合唱の素晴らしいハーモニーに酔い痴れるのは、私一人ではあるまい。

 あの日スタジオに集まった後輩諸君も卒業して早や数年、今や新進気鋭の社会人として各界で活躍しながら、時にはCDを聴いている事でしょう。私は後輩を前に、朗々(自己陶酔の極致?)と「わが青春のエール」を高唱した時、明徳寮の幹事長時代にも似た若く高揚した気分を味わっていた。あの頃と同じ様に、青春に輝く若者逹の顔がそこにあり、やや違うのは清楚な女子学生の瞳が、可愛い彩りを添えている事であった。

 今を溯ること半世紀、本間保憲氏(昭28・鉱山)が指揮する合唱団が工大にあって、私もその一員で主に「ロシア民謡やホスター」などを歌っていた。団員僅か10名余り、市民合唱祭に参加する程度のものだったが、最近復活の「歌声」ではこの経験が結構幅を利かせ役に立っている。楽器を奏で、歌を歌う事は永い人生を豊かにさせてくれる貴重な宝である事をあの日スタジオに集まった諸君は、その内嬉しく実感するであろう。

 CD制作が決まってからの約半年余り、楽譜など素材の確認調査、収録場所や要員と日程の調整、学生の動員等々の全般にわたり、高橋教授及び石井副局長の惜しみ無いご尽力があった。また当時理事の桑野壽教授(昭41・金属)には東室蘭で同窓会としての大いなる激励を賜り、更に札幌の斉藤孝男氏(NHK・OB)には専門的な立場から製作メーカーの紹介をして頂いた事に、いずれも厚く感謝申し上げると共にこのCDが、永く同窓の座右にあって水元回想の絆となる事を念願したい。


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