平成25年度学位記授与式 告辞

 室蘭ではまだ冬の名残をとどめるこの時節、ご来賓ならびに名誉教授のご臨席のもと、学部卒業生、大学院修了生およびご家族、ご親戚のみなさまとともに平成25年度学位記授与式を執り行いますことは、室蘭工業大学にとりまことに慶ばしく、ご列席のみなさまとともにこの喜びを分かち合いたいと存じます。

 本日、晴れて学部を卒業し学士(工学)の学位を得られた方は581名、大学院博士前期課程を修了し修士(工学)の学位を取得された方は209名、大学院博士後期課程を修了し博士(工学)の学位を授与された方は11名おります。また卒業生・修了生の中には外国人留学生が22名おります。これら801名のみなさんに、学位の取得ならびに卒業・修了を心からお祝い申し上げます。またみなさんの入学から今日まで、修学を励まし支えてこられたご家族ならびに関係者の方々に敬意とご祝辞を申し上げます。

 さて本日は学位記授与式に当たり、大学を去り4月から社会に赴くみなさん、大学に残り大学院や研究生としてさらに研鑽されるみなさんに、私からの期待を述べさせていただきます。

 

 みなさんはドレイパー賞という賞を聞いたことがあるでしょうか。正確には、NASAのアポロ誘導コンピュータの設計・製作を指揮し、アポロの月着陸を可能にしたMIT機械工学研究所の初代所長の名前を冠にして、Charles Stark Draper賞と言い、米国の工学アカデミーが1988年に創設しました。この賞は別名工学のノーベル賞と呼ばれ、世界を一変させるような技術を開発した人に贈られます。これまで集積回路を発明したJack Kilby氏をはじめ、錚々たる技術者や研究者に贈られてきましたが、残念ながら日本には受賞者がおりませんでした。

 ところが大変喜ばしいことに、昨年、金沢工業大学の奥村善久名誉教授が日本人として初めての受賞に輝いたのに続き、今年はソニーのマテリアル研究所長を務め退職された西 美緒さんと旭化成フェローの吉野 彰さんのお二人が受賞されました。奥村さんの受賞理由は、移動体通信に関する基盤的技術を築いた功績で、現在世界の人口比で9割近くまで普及した携帯電話は奥村さんの功績によると言っても過言ではありません。一方、西さんと吉野さんの受賞理由はリチウムイオン電池の開発で、こちらもパソコンやタブレット、携帯電話、ディジタルカメラ、電気自動車など、私たちの日常生活に幅広く使われている製品であり、その市場規模は今日1兆円と見積もられております。

 私が今日これらの方々のドレイパー賞受賞を取り上げた理由は二つあります。一つはグローバル化社会における日本の国際貢献のあり方を探るため、いま一つはイノベーションを担う技術者や研究者のあり方について、みなさんとともに想いを巡らしてみたいと考えたからであります。

 

 はじめはグローバル化社会における日本の国際貢献のあり方です。

 日本のあるべき姿は、最近は科学技術立国、芸術文化立国など、ソフトパワー重視も見られますが、依然として根強いのは貿易立国、あるいは産業競争力を重視した重商主義的な考え方です。ところが貿易収支は3年前に赤字基調に転じてからは輸入超過し、今や所得収支の黒字分をも脅かし、経常収支に警報がともる事態となりました。長期的・構造的な要因は日本企業の海外進出が年々進み、その勢いが衰えないことです。すでに日本企業の海外生産比率は、国内法人全体で18%、現地法人の従業員数は523万人、売上高は182兆円の水準に達しています。一方、国内の製造業従事者は今や1,000万人の大台を割り込み998万、また売上高は340兆円と減少傾向が続いているのです。これが製造業空洞化の実態です。それでは翻って日本の針路はどうあるべきでしょうか。

 ここで私はさきほどのドレイパー賞の話を思い起こしていただきたいと思います。モノとサービスの貿易のほかに国際貿易では技術貿易の収支に注意を向けることも必要です。実は技術貿易では最近の20年間、日本は一貫して黒字でその額は10年間で4倍、主要8か国では英国を抜いて米国に次ぐ2位の位置を占め、技術貿易による受取額と支払額の差は約2兆3千億円となっているのです。また2013年の米国での企業特許取得では、上位50社中日本企業は19社を数え、本国アメリカの18社さえ上回っております。技術開発力は量的な件数だけではありません。情報サービス業のトムソン・ロイター社が、保有する特許数、成功率、特許ポートフォリオの世界的広がりと引用における特許の影響力を比較し、Top 100 Global Inventor 2013として選定した結果、日本企業は米国に次いで多い28社を数えました。研究開発力に関して日本は質的にも高い水準にあることが分かります。

 日本人研究者が2年連続でドレイパー賞を受賞したのは、日本の技術開発力の高さが国際的にも評価されたことの反映と思われます。日本はイノベーションにより、企業の利益や国益のみならず、グローバル化する社会において世界の人々が共通に享受できる新しい製品や価値を創り出してきました。それは世界の平和と繁栄への貢献ともなっております。ソフトパワーの一環としてのイノベーションの創出、これは日本の国際貢献に相応しい分野であり、日本はすでに資格を備えていると思います。みなさんには室蘭工業大学で学んだ専門的知識と汎用的スキルを活かし、研究開発や製品化、企業化で活躍していただきたいと願っております。

 

 つぎにドレイパー賞を受賞された方々が研究開発で遭遇した貴重な経験を振り返ってみたいと思います。今日は、受賞後ご自分のブログでコメントを出された西 美緒さんの事例にとどめます。

 西さんの大学の専攻は応用化学、卒業研究は化合物半導体の合成でした。就職先に当時半導体で上り調子だったソニーを選んだのも自然です。ところが最初に配属されたのは燃料電池の研究室で、半導体とは全く無縁、しかも西さんにとってほとんど経験のない電気化学の分野でした。不運なことに、リーダーの発案に基づくテーマの遂行には、その前提条件の検証が必要だったにもかかわらず、それを欠いていたために行き詰まり、結局中断のやむなきに至りました。8年間が無駄になりました。次に配属されたのが音響材料の開発部隊でした。音響材料の候補は無数にあり、簡単そうに見えて難しい仕事と分かってきました。優れた性能の音響材料の開発に12年従事したところで、ソニーにも2次電池が必要との会長の号令が下りて、再び電池開発に戻ります。リチウムイオン電池の開発までに20年の回り道をしたことになります。しかし20年を無駄に過ごさなかったばかりか、研究開発の苦い経験から教訓を導き、リチウムイオン電池の開発に活かしたところが、西さんの真骨頂と言えそうです。

 西さんの教訓は、これから企業で、あるいは大学の研究室で研究や開発に携わるみなさんにも参考になります。それを要約して今日の私の話を終えることにします。一つは、研究開発で次に進むには仮説に対する実証が必要であること。みなさんが大学で学んだ最も大切な技術者、研究者の心構えです。見込のないデータが出てきたら、続行より中断や撤退を選ぶこと。そして挫けたりしないこと。時間は貴重でしかも限られています。二つ目は、研究開発では自分の専門分野とは異なるテーマに従事する可能性が高く、新たな分野を一から学ぶ覚悟が必要であること。大学の4年に比べ、社会での仕事は10倍の歳月に及びます。専門はみなさんが拠って立つ原点ですが、40年に及ぶ技術者や研究者の人生はみなさんをさらに多様な専門に導かずにはおきません。どうかそれをためらわず、受け容れてください。そして三つ目です。さまざまな分野の人、さまざまな考えの人、さまざまな業界の人々との交わりを広げ、人脈を築き、相互に頼り、頼られる人になってください。それがみなさんの支えとなります。

 

 最後に、フランスの生化学者ルイ・パスツールの言葉を贈ります。

 「幸運の神様は、常に用意された人にのみ訪れる。」

 “Chance favors only the prepared mind.”

みなさんのご健勝とご活躍を祈念し、学位記授与式の告辞といたします。

 

                              平成26年3月24日

                               室蘭工業大学学長 佐藤 一彦

 

 

更新年月日:2014年3月24日

作成担当部局:総務グループ総務ユニット

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