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平成24年3月23日
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本日ここに、ご来賓ならびに名誉教授のご臨席のもと、学部卒業生、大学院修了生およびご家族、ご親戚のみなさまとともに学位記授与式を行いますことは、室蘭工業大学にとりまことに喜ばしく、ご列席のみなさまとともにこの慶びを分かち合いたいと存じます。
本日、学部を卒業し学士(工学)の学位を得られた方は636名、大学院博士前期課程を修了し修士(工学)の学位を取得された方は277名、また大学院博士後期課程を修了し博士(工学)の学位を授与された方は論文博士も含め13名おります。また卒業生・修了生の中には外国人留学生が23名おります。
これら926名のみなさんに、学位の取得ならびに卒業・修了を心からお祝い申し上げます。またみなさんの入学から今日まで、修学を励まし支えてこられたご家族ならびに関係者の方々に敬意とご祝辞を申し上げます。
昨年3月11日に発生した東日本大震災から1年が過ぎました。この大震災は近代の災害史上で記録的な被害をもたらし、犠牲となられた方と行方不明の方は合わせ1万9千人を上回り、いまだに避難生活を余儀なくされている方も34万人余り、経済的損失は25兆円を下回らないと言われております。
私は初めに尊い命を失われた方々に哀悼の意を表し、また被災されたみなさまに心からお見舞いを申し上げます。この災害は自然災害にとどまらず、東京電力福島第一原子力発電所の事故を併発したことも事態を深刻にしております。冷温停止の状態には至りましたが、廃炉を実現するまでにはいまだ経験したことがない幾多の技術的な課題が待ち受けており、少なくとも10年、おそらくさらに長期間を要すると見られております。
本日は、この大災害が私たちに問いかけていること、大災害の復旧・復興から浮かび上がってきていることについて、卒業生、修了生のみなさんと一緒に考えてみたいと思います。
最初は、私たちの社会が新しいタイプのリスク、危険性、不確実性を抱え込んでいるという現実に注目したいと思います。従来も自然災害、労働災害、火災、列車・航空機・自動車事故など、私たちはさまざまなリスクに向き合ってきました。しかし、これらはいずれも、被害が及ぶ場所、時間、被災者が一定の範囲に限られています。ところが、この度の福島第一原発の事故は、被害の広がりが社会的、地理的、時間的に限界がない大災害です。ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックはその主著「リスク社会」で、この新しいタイプのリスクを取り上げ、科学技術によって引き起こされる災害のほか、グローバル化した金融市場、世界同時多発テロ、地球温暖化の問題なども同じ性格を持つと指摘しております。これらは目で見ることが困難であり、したがってその危険性を捉えるには、確かな情報と専門的な知識、そして注意深い洞察を要します。影響範囲が多肢にわたるため、リスクが発生したときの被害と発生確率をもって対応する経済学的なリスク管理の守備範囲を超えるという困難も共通で、既存の保険制度の前提が成り立ちません。
こうした新しいタイプのリスクを回避する方策は、原子力発電や国際金融市場、気候変動などがもたらす問題を見える形にし、リスクの所在を明確にすることが出発点になります。これはリスクを抱え込んだ社会に生きる私たち共通の務めです。幸いみなさんは、本学で主専門の工学と副専門を学んでおりますので、リスクの所在がすでに見えていると私は確信します。そのうえみなさんは技術者、研究者の道を歩みますので、創り出される科学技術の成果についてのナビゲータであると同時に、そこに潜むリスクについてのコミュニケータでもあってほしいと私は期待いたします。
続いて、この度の大災害を境に生まれた科学技術への不信について考えてみます。ウルリッヒ・ベックが洞察したように、原発事故のようなリスクはそもそも科学技術にその元凶があるので、不信が生まれるのは当然とも言えます。喧伝された原発の安全性が真実ではなかったことも不信に拍車をかけました。さて私たち科学技術に関わる人間としてこの問題にどう向き合えばよいのでしょうか。
私たちはこれまで基礎的、基盤的研究に根ざしたブレークスルーから優れた技術を生み出してきました。これらが経済的、社会的・公共的な価値の創造をもたらしたことも事実です。小惑星探査機「はやぶさ」の快挙や次世代スーパーコンピュータ「京」の世界最速記録達成は、私たちに希望を与えてくれます。 地球環境問題、資源・エネルギー、新旧感染症、自然災害など、地球規模の問題や人類共通の課題が山積していますが、これらの解決はその多くが科学技術の進展に強く依存していることは明白です。科学技術を担うみなさんは、なにを措いてもこの点に確信を持っていただきたいと思います。
そのうえで、みなさんは新しい技術によって派生する可能性があるリスクも、技術を創造すると同じ注意と努力を傾けて明らかにする必要があります。リスクの種類、発生したときのインパクト、発生確率、これらのリストを添えて、みなさんは社会に新しい技術を提案し、その受容を委ねるべきです。技術者としてのこの基本的姿勢をみなさんは技術者倫理を通じて学んでおります。卒業後はみなさんに修練が待ち受けております。健闘を期待いたします。
最後に、大災害の発生からこれまでの復旧・復興に視点を移してみます。驚くべきことの一つは被災者、被災地域に向けられた日本全国そして諸外国からの支援の広がりです。日本赤十字社を通じた義援金だけでもこの1年間で約3千5百億円、これは阪神淡路大震災の義援金の約2倍に相当します。さらに圧巻はボランティアの規模で、多いときには宮城県1県だけでも月間7万人を越えたと報じられております。「がんばろう東北、がんばろう日本」が復旧・復興の合言葉になりました。世相を切り取る漢字として昨年は「絆」が選ばれたことはみなさんもご記憶と思います。オーストラリアの精神医学者ビヴァリー・ラファエルは「災害の襲うとき」という著書の中で次のように述べています。
「災害時に見られる個人と社会の愛他的な反応や、階級や人種の壁を超えた強烈な同情心は、確かに人類が持つ資質のうち最善なるもの、最強なるものを示している。それは未来の希望につながるものである。」
絆は人とひと、人と社会を結ぶ紐帯にとどまらず、そこに生まれる希望を媒介にして現在と未来をつなぐものと、ラファエルは捉えております。
もう一つの注目は福島原発の事故の終息や、放射線被害の抑止に向けた技術者の対応です。放射能による高濃度汚染水の浄化装置の稼動、循環注水冷却による冷温停止、人間が近づけない危険箇所へのロボットによる探索、放射性物質を抑えるために高さ52mにも達する1号機原子炉建屋をすっぽり覆う骨組みの建築など、いまだ経験したことがない困難に立ち向かい、事故終息のロードマップの第2ステップまでこぎ着けた技術者、作業員、関連企業の努力は賞賛に価します。優れた技術者は新しい技術を社会に送るだけではありません。必要とあれば、技術を駆使して社会のほころびを修復することも厭いません。福島原発の事故は技術者がこの役割をしっかり引き受けていることを示しています。みなさんもこの姿勢を是非学んでいただきたいと思います。
卒業生、修了生のみなさん、本日はみなさんが在学中に起きた未曾有の大災害が私たちに問いかけているもの、大災害からの復旧・復興から浮かび上がっていることについて考えてみました。みなさんを待っているのは、大災害からの復興、再生を遂げ、将来にわたり持続的な成長を待ち望んでいる社会です。室蘭工業大学で学んだことを誇りにし、日本で、そして世界で大きく羽ばたいて下さい。みなさんの健闘を祈念し、告辞といたします。
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室蘭工業大学長 佐藤 一彦
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