氏    名  山 田 昌 尚 (やまだ まさなお)

学位論文題目  演奏難易度を考慮したアンサンブル楽曲のトランスクリプション

論文内容の要旨

 本論文では,既存のアンサンブル楽曲をユーザが指定した編成にトランスクリプション(編曲)する方法およびそのシステムについて述べている。現状において,アマチュア演奏者にとってアンサンブル楽曲の楽譜は,編成の多様性や難易度の点で適当なものが十分入手可能とはいえない。そこで本研究では,音域と調を考慮することによってできるだけ演奏しやすいトランスクリプション楽譜を作成するための楽器の割り当て方法を提案し,それにもとづいてトランスクリプションを行うシステムを構築した。
  ある楽譜を元の楽器編成とは異なる編成で演奏できるようにトランスクリプションするためには,演奏したい楽器の音域に応じて楽譜の各パートへの割り当てを行う必要がある。このとき,全パートに楽器を割り当てるため,楽器の音域に合わせて楽曲全体の音域を変更することを目的として移調を行う必要が生じることがある。移調によって音域とともに調号が変化するため,本研究で提案する方法は,演奏したい楽器の音域と与えられた楽曲のデータをもとに,できるだけ演奏しやすいトランスクリプション楽譜を出力することを目的としている。
  本論文は次の6章から構成されている。
  第1章は序論であり,本研究の背景,目的および本論文の構成を述べている。 
  第2章では,本研究に関連する音楽的な事項について述べている。特に,第4章で提案する手法において焦点が置かれる楽器の音域と調について述べている。また,トランスクリプションが一般にはどのように行われるのか,実施上,どのような問題があるのかについて述べている。
  第3章は,本研究の位置づけを明確にするため,音楽情報処理の研究分野を概観し,そのなかでトランスクリプションに関する先行研究との比較において,本研究が従来とは異なるアプローチによって問題解決に取り組んでいること述べている。
  第4章は,本論文で提案するトランスクリプションの方法およびその理論について説明している。これは,ファジィ理論を用いて楽器における演奏難易度を表現するとともに,楽譜の情報と合わせて適合度を定義することによって,楽器と楽譜パートの組合せおよび移調音高の選択を最適化問題として定式化している。さらに,その解の探索方法として分枝限定法とハンガリー法を適用できることを示している。
  第5章は,提案した方法にもとづいて実施したトランスクリプションの結果について述べている。
  第6章は,本論文の全体を通してのまとめと今後の発展を記した結論である。

論文審査結果の要旨

 音楽演奏においてアンサンブルは演奏技術の向上のみならず教育的側面からも重要な役割を果たすが,現状ではアマチュア演奏者に適当なアンサンブル楽譜が普及しているとは言い難い。また,特に管楽器を含む編成への楽譜の書き換えは,移調楽器の存在によって,音楽の専門家以外には難しく,また煩雑な作業である。本論文はこの問題に対して,音域と調に関する演奏難易度を考慮したトランスクリプション(編曲)を行うシステムについて述べている。
  本論文において提案されている手法は次の通りである。まず,楽器の音域と楽曲の調による難易度に関してファジィ理論を用いたモデル化を行っている。次に,楽曲の音符情報から統計的な出現頻度にもとづいて,楽器との適合度というパラメータを定義している。さらに,適合度を移調音高の関数として扱うことにより,トランスクリプションにおいてパートと楽器の割当および移調音高の選択が組合せ最適化問題となることを示すとともに,その解の探索に数理的な手法を用いることが可能であることを述べている。
  本論文ではまた,提案した手法によってトランスクリプションシステムを構築し,アマチュア演奏者を被験者とした演奏難易度の調査に基づくトランスクリプションを実施した結果について述べている。得られた楽譜は実際に演奏可能なものであり,調査した演奏難易度にもとづいてトランスクリプションを行うことによって,それぞれの演奏者の能力に応じた楽譜を作成できることを述べている。
  以上,本研究は情報工学のファジィ理論および数理計画法の手法を音楽の分野に適用し,従来,手間と時間を要していたアンサンブル楽曲の編曲を容易にした点において,情報工学の新たな応用分野への道を開く大きな寄与をしていると考える。
  よって,本論文は博士(工学)の学位論文に値するものと判断する。