氏    名  刀 川   眞 (たちかわ まこと)

学位論文題目  開放型情報通信ネットワークの社会的役割
        −社会的交換の実現手段として−

論文内容の要旨

 情報通信ネットワークが社会に浸透するに伴い,それらに求められる役割も多様化している。この背景には,社会的価値志向の変化があることにも留意する必要がある。ここではインターネットに代表される開放型情報通信ネットワークに求められる社会的役割の一つとして,個人の社会的承認欲求の充足とそれに基づく社会的承認の実現があると考え,その背景と状況について検討する。なかでも情報発信行為のうち,無報酬で行われているように見えるものであっても発信者は情報の受信者から実利的対価とは異なる報酬(内的報酬)を得ており,それにより情報発信者と受信者の間では通常の交換形態(経済的交換)とは異なる形の交換(社会的交換)が成立していることを明らかにする。

 以降,第1章では本論文の前提となるインターネット個人利用者数の増加(量的拡大)や,利用内容の多様化(質的拡大)について確認する。第2章では関連先行研究として,開放型情報通信ネットワークの多様な利用法のうち非実利的利用に関しフリーウェアやシェアウェア,オープンソースソフトウェア,ホームページやブログによる個人日記についての分析結果をまとめ,これらの利用目的として他者との関係性の構築があげられることを述べる。第3章では,まず社会的価値志向の変遷として,モノに対する欲求が充足された結果,高次の欲求として社会的承認欲求が高まっていることをボランティア活動や参加型コミュニティビジネスの事例などから示す。次に広範な社会的承認を得るには個人が公的空間へ情報発信できる必要があり,そのためのメディアとして開放型情報通信ネットワークが適切であることを示す。第4章では,開放型情報通信ネットワークによる社会的承認欲求の充足を確認するため,不特定多数者が参加する形で開放型情報通信ネットワークを利用する事例として,自己表出的な個人ホームページ開設,PCグリッド・コンピューティングへの個人参加,インターネット・コミュニティのマーケティング利用を採りあげる。第5章では,開放型情報通信ネットワークにより社会的承認を獲得する情報発信者は,他者との交流による精神的充足という内面的な報酬を得ており,そこでは情報発信者によるプログラミング能力やアイデアといった個人資源と情報受信者による社会的承認との間で「社会的交換」が成立していることを示す。第6章では,このような開放型情報通信ネットワークによる社会的交換を実際に活用した例として,一般者参加型情報システムにおける参加目的の類型化を示し,他でなされた調査結果から本類型の妥当性を検証する。最後に,今後,開放型情報通信ネットワークの利用者が社会全体に拡がることにより,新たな社会的効用の例として,情報発信弱者に対するコミュニケーションの活性化や,自律的公共圏の実現糸口となる可能性を採りあげる。

論文審査結果の要旨

 インターネットの一般個人利用が増大しているが,それは単に量的な拡大のみならず質的側面である利用法も多様化している。そのうち情報の発信に着目すると,何のために発信するのかという発信意図も多種多様になっている。もちろん仕事等の効率化やビジネス目的のような,何らかの形での経済的利益を追求するものが多いが,その一方で実利とは異なる意図に基づく情報発信も増えている。インターネットの今後の浸透・発展を考えると,このようなインターネットの使われ方を明らかにすることは,これからの社会でインターネットが果たすべき役割を認識することになり,さらにその役割を強化する方策を得ることにつながるものである。また今日,人と人とのつながりを促進・サポートするコミュニティ型のWebサイトであるSNS(Social Networking Service)やブログの急速な普及,あるいは利用者が自由に執筆できるインターネット上のフリー百科事典Wikipediaに見られるような参加型社会での情報通信ネットワークの広がりを考えると,これらを明らかにすることは緊急の課題でもある。
  本研究では,インターネット(開放型情報通信ネットワーク)の多様な利用法のうち非実利的利用に着目し,さらに個人による情報発信に対象を絞り,その基本的な目的として他者との関係性構築があることを示している。背景にある社会的価値志向変化として高次欲求である社会的承認欲求の増大と,それに応えるメディアとしてのインターネットの特性から,情報発信者はプログラムや保有する知識などの個人資源を提供し,それを受ける受信者は社会的承認という返礼をしており,両者の間で「社会的交換」が成立していることを示している。
  本研究の成果は,これからの社会でインターネットが果たすべき役割について社会的視点から提示しており,今後のインターネットの有用性を高めるための示唆を与えるものである。また,多様化しつつある情報システムの活用に対する評価軸の設定にも繋がっていくことが見込まれる。さらに本研究は,これからますます重要性が高まることが見込まれる情報科学と人文社会学との融合にも貢献すると考えられる。
以上より,本論文は博士(工学)の学位論文に値するものと判断する。