氏    名  菅 原 智 明 (すがわら ともあき)

学位論文題目  マグネトロンスパッタ法を用いた硫化亜鉛の低温成膜に関する研究

論文内容の要旨

 次世代無機エレクトロルミネッセント素子の実現に向けて,発光層となる硫化亜鉛(ZnS)薄膜が注目されている。本研究は,マグネトロンスパッタ法を用いて石英ガラス基板上のZnS薄膜の構造制御を試みた。薄膜の構造と組成について,X線回折,電界放射走査型電子顕微鏡観察およびエネルギー分散X線分光分析手法により評価した。X線回折による評価の結果,薄膜の結晶性は,成膜時のアルゴン(Ar)ガス圧力およびZnSターゲット−石英基板間の距離に強く依存することが分かった。Arガス圧力が上昇するにつれ,閃亜鉛鉱構造の(111)配向した柱状構造が形成するようになった。基板へ入射するスパッタ粒子の衝突エネルギーはArガス圧力(P)とターゲット−基板間距離(D)との積(P・D)に関係し,P・Dが0.8 Torr・mmに達したとき,すなわちスパッタ粒子のエネルギーが熱平衡化する条件下で(111)配向の結晶性薄膜が得られた。全ての試料について,亜鉛と硫黄の化学量論的組成比はほぼ1:1を示した。薄膜のフォトルミネッセンス測定の結果,高配向試料では,波長620 nmに強いピークをもつブロードなスペクトルを示した。一方,結晶性が低い試料においては,このような強い発光は見られなかった。次に,マンガンを添加したZnS薄膜を作製し,He-Cdレーザーで励起した結果,ピーク波長が610nmのブロードなスペクトルを観測した。この発光はマンガンイオンに起因するものであり,結晶性が向上すると,薄膜の発光強度は一桁以上高くなることが分かった。組成分析とX線回折の結果,成膜時のArガス圧力を高くしてもマンガン濃度に変化はないが,(111)面間隔は一度減少した後,増加に転じる傾向を示した。面間隔の減少は,Arガス圧力が高くなるとともに引張り応力が生じるためと考えられる。一旦縮んだ面間隔が広がる過程は,マンガンを添加した試料に見られ,さらに薄膜のカソードルミネッセンスは面間隔が増加し始めると強くなることから,ZnSにマンガンイオンが固溶して格子間隔を押し広げたものと考えられる。本研究では,P・Dを0.5 Torr・mm以上として,スパッタ粒子の衝突エネルギーを表面マイグレーションエネルギーまで低下させることにより,柱状構造のマンガン添加ZnS薄膜を低温で基板上に堆積でき,薄膜の発光特性が向上することを明らかにした。以上のように最適化された条件の下で作製したZnSエレクトロルミネッセント素子は,実用上十分な発光特性を示した。
  本研究における一連の試みは,ZnS薄膜構造の高精度制御が可能となることを提示したことのみならず,次世代の無機エレクトロルミネッセント素子の実現に向けて大きく道を拓くことができたことできわめて意義のある結果と確信するものである。

論文審査結果の要旨

 硫化亜鉛(ZnS)は,青色発光ダイオードや紫外線レーザーなどの次世代のオプトエレクトロニクスへの応用が期待されている高機能性材料である。ZnSをデバイスに応用する場合,素子劣化防止は極めて重要である。例えば分散型エレクトロルミネッセント素子は,雰囲気中の水分がZnS粒子の表面を徐々に酸化させ黒色化する。この問題を解決するには,ZnS自体を薄膜化しなければならない。薄膜素子は水分を遮断する保護膜の形成が容易であり,素子の小型化や高精細化が図れるという点において大きな利点がある。しかし,同類の酸化亜鉛(ZnO)と比較すると,ZnSは電気伝導制御が難しく,未だ薄膜化技術は確立していない。
  本論文の著者は,薄膜作製技術として有用なマグネトロンスパッタ法を用い,ZnS薄膜の構造制御方法を提案した。さらに,得られた薄膜の構造等について,X線回折,電界放射走査型電子顕微鏡観察およびエネルギー分散X線分光分析手法による高度でかつ体系的な研究を行った。本論文はその成果をまとめたものであり,6章から構成されている。以下各章毎の概要を述べ,評価を加える。
  第1章「はじめに」では,ZnSをオプトエレクトロニクス素子へ応用する場合の問題点についてZnOと比較しながら論じ,かつスパッタリング技術から得られる知見を整理することで,本研究の対象であるZnS薄膜形成技術の位置付けを明確にしている。 
  第2章「実験方法」では,エネルギー分散型X線分光分析,オージェ電子分光分析,X線回折測定,電界放射走査型電子顕微鏡,フォトルミネッセンス測定,カソードルミネッセンス測定およびエレクトロルミネッセンス測定により,ZnS薄膜の結晶構造,化学的組成および光学的特性における体系的な物性評価手法を確立している。
  第3章「無添加酸化亜鉛(ZnO)薄膜の構造と組成」では,ZnO薄膜の結晶性が,成膜時のアルゴン(Ar)ガス圧力(P)およびターゲット−基板間距離(D)に強く依存することを明らかにした。この事実に基づいて,スパッタ粒子の衝突エネルギーが,成膜パラメータの積(P・D)に関係し,P・Dが0.4 Torr・mmに達したとき,すなわちスパッタ粒子のエネルギーが熱平衡化する条件下で高配向のZnO薄膜が得られることを明らかにした。
  第4章「無添加ZnS薄膜の構造と組成」では,第3章でのZnO薄膜にも見られたように,P・Dが臨界値(0.8 Torr・mm)に達したとき,すなわちスパッタ粒子のエネルギーが約1eVまで低下する条件で(111)面方位に配向したZnS薄膜が得られることを見出した。また一連の光学的特性評価の結果,これまで解明されていなかった無添加ZnS膜のエネルギー帯構造についてはじめて明らかにした。
  第5章「マンガン(Mn)添加ZnS薄膜の構造と組成」では,第4章での結晶構造制御技術の知見に基づいてMnを微量添加したZnS薄膜を作製している。He-Cdレーザーで励起した結果,ピーク波長が610 nmの発光を観測した。この発光は明らかにMnイオンに由来するもので,ZnS膜の結晶性が向上すると発光強度は一桁以上高くなることを見出した。このように最適化された条件の下で作製したZnSエレクトロルミネッセント素子は,実用上十分な発光特性を示した。
  第6章「まとめ」では,本論文の総括および今後の展望を述べている。

 以上を要約すると,本論文の著者は,実用上有用なマグネトロンスパッタリング技術を用い,最適な成膜パラメータを抽出することでZnS薄膜構造の高精度制御が可能となることを提示した。この業績は,次世代の無機エレクトロルミネッセント素子を代表とするオプトエレクトロニクス技術の進歩に資するところ大である。よって,本論文は,博士(工学)における学位論文として価値あるものと認める。