氏    名  満  都 拉 (マン ドゥリ)

学位論文題目  
イモリ嗅上皮で発現するリポカリンタンパク質の
           発現様式と機能の解析


論文内容の要旨  

  我々は,両生類動物であるアカハライモリを用いて,嗅上皮cDNAライブラリーを作製し,高頻度で見出されるクローンを調べたところOlfactory specific protein (OSP), Lipocalinにそれぞれ高い相同性を示す2種類の遺伝子を得た。推定されるアミノ酸配列より分子系統樹を作成したところ,Lipocalin類似遺伝子とOSP類似遺伝子は互いに類似していて,共にリポカリン・スーパーファミリーに属することが分かった。リポカリン・スーパーファミリーは20 KDa程度の分子で,一次構造はそれほど保存されていないが,立体構造がβ-バレル構造を取り,よく保存されている。
  これらのタンパク質の発現をin situ hybridization 解析で調べたところ,ボウマン腺で発現が認められたが,各々発現している細胞の分布が異なった。この結果は匂い物質が嗅覚受容体に行く前に粘液中のリポカリン類によって分別されている可能性を示唆する。そこで,これらのタンパク質が異なる匂い物質結合特性を持っているか否かを調べることにした。まず,Lipocalin類似遺伝子をpQE30ベクターに組み込み大腸菌で発現した。SDS-PAGEにより予想サイズの目的タンパク質が発現していることを確認できた。融合タンパク質は可溶性になっているものと不溶性になっているものがあり,不溶性画分の方が多かった。His-tagアフィニティーカラムを使って大腸菌の不溶性画分と可溶性画分から目的タンパク質を精製できた。精製したタンパク質 (Cp-Lipタンパク質)を50 mM potassium phosphate bufferに4日間透析した後,紫外部CD(circular dichroism)を測定すると,規則構造(αヘリックスまたはβストランド)を取っていることが示唆された。
  蛍光プローブ1-amino anthracene (1-AMA),1,1’-bis(4-anilino-5-naphthalene)-sulfonic acid (bis-ANS)と1-anilino-naphthalene-8-sulfonic acid (1,8-ANS)を用いてCp-Lipタンパク質の匂い物質結合特性を調べた。Cp-Lipタンパク質に蛍光プローブが結合すると,タンパク質のtryptophanから蛍光色素へのエネルギー移動(FRET)が観察された。つまり,bis-ANSではピークが505 nmから491 nmへシフトし,同時に蛍光強度が143倍増加する。1,8-ANSではピークが506nmから480 nmへシフトし,同時に蛍光強度が47倍増加する。1-AMAではピークが537 nmから524 nmへシフトし,同時に蛍光強度が13倍増加する。この過程をタイトレーションすると,bis-ANS,1,8-ANS,1-AMA共にCp-Lipと結合することが分かった。
  事前に10 uM bis-ANSと10uM Cp-Lipを混合しておき,此処に匂い物質として2-isobutyl-3-methoxypyrazine(IBMP)を加えると,bis-ANS−Cp-Lip(1,8-ANS−Cp-Lip or 1-AMA−Cp-Lip)に由来する蛍光が減少した。IBMPの他にいろいろな匂い物質を使って同じ実験を行ったところ,蛍光強度の減少の度合いは加える匂い物質の種類によって異なる変化をした。また,事前に3μM IBMPを3μM Cp-Lipタンパク質と混合しておき,蛍光プローブbis-ANSを10μMまで添加したところ,bis-ANS−Cp-Lipによる495 nm波長での蛍光ピークが高くなった。しかし,この結果をIBMPとの前混合なしと比べると蛍光強度増加が小さかった。これはリガンドIBMPがCp-Lipタンパク質と結合し,発色団bis-ANSとの結合を阻害しているからであると考えられる。蛍光プローブ1,8-ANS あるいは 1-AMAを使った蛍光実験で,同じような結果が得られた。
  以上の結果,Cp-Lipタンパク質が匂い物質と結合すること,匂い物質によって異なる親和性を持つことが分かった。

論文審査結果の要旨

  近年,嗅覚研究は目覚しい勢いで進み,匂い分子が七回膜貫通型の嗅覚受容体によって認識される分子メカニズムが明らかになった。しかし,嗅覚受容体のある嗅細胞はボウマン腺から分泌される粘液に覆われており,外界から鼻腔に侵入した疎水性の匂い分子がどのように嗅上皮に存在する嗅細胞繊毛上の受容体タンパク質までたどり着いて受容されるのかはまだ解明されていない。
  本研究では,アカハライモリ嗅上皮cDNAライブラリーから発現頻度の高い2種のクローン(Cp-Lip,Cp-OSP)を見出し,それらタンパク質の匂い物質受容における役割を研究した。この2種のクローンから推定されるアミノ酸配列はリポカリンファミリータンパク質と高い相同性を示した。これらのcDNAクローンの組織発現特異性を調べたところ,共に嗅上皮に特異的な発現が確認された。しかしmRNAの発現量を比較したところ,Cp-LipはCp-OSPより3倍ほど多かった。Cp-OSP,Cp-Lipは共にボウマン腺で発現している。しかし,両者の発現するボウマン腺の分布が異なることから粘液層においてもタンパク質の分布が異なると推測される。Cp-LipをIPTGにより大腸菌で発現させて,それぞれ不溶性画分と可溶性画分からタンパク質を精製できた。両画分から取れたタンパク質の透析後の二次構造は似た形であった。透析によって変性タンパク質の構造が回復されたと考えられる。Cp-Lipは蛍光色素bis-ANS,1,8-ANS,1-AMAと結合し,解離定数はそれぞれ2.22 uM,9.17 uM,15.63 uMであった。またCp-LipとCp-OSPは三種の色素と異なる結合特性を持つ。様々な匂い物質を用いたCp-Lipタンパク質との結合実験から得られた解離定数により,Cp-Lipは異なるグループに属する匂い物質と結合し,異なる結合強度を示した。
  以上の実験結果によりCp-Lip,Cp-OSPリポカリンタンパク質の嗅上皮粘液上での分布の違い,及び結合特性の違いはある種の匂い物質の選別に働いていると予想され,嗅上皮粘液層は場所により機能分化していると考えられる。
  以上要するに,本論文の成果は嗅覚メカニズムおよび匂い物質結合タンパク質の働きについての知見は新しく,発展性があり,今後の研究展開への寄与は大きいと考えられる。よって,本論文は博士論文(工学)の学位論文に値するものと認められる。