氏    名  渡 邊 真 悟 (わたなべ しんご)

学位論文題目  
磁性細菌Magnetospirillum Magnetotacticum MS-1の
           マグネトソーム生合成過程についての研究


論文内容の要旨  

本博士論文は,磁性細菌Magnetospirillum Magnetotacticum MS-1がマグネタイト微粒子を産生する過程を明らかにするため,M. Magnetotacticum MS-1細胞内の鉄化合物をラマン分光などにより探索した結果を記した論文である。

本論文は4章より構成され,各章の内容は以下のとおりである。
第一章 磁性細菌の特徴と研究史および本研究の目的
第二章 実験方法
第三章 ラマン分光のM. Magnetotacticum MS-1に含まれる鉄化合物の探索とラマンピークの帰属
第四章  考察;マグネタイト合成の為の鉄の供給源とマグネタイト合成前駆体

第一章
  磁性細菌は,菌体内に磁性体の微粒子を持ち磁気を感知する細菌である。マグネトソームと呼ばれるこの微粒子は,粒径35〜120 nmのマグネタイト(Fe3O4)と表面を覆うリン脂質膜から構成され,磁性細菌の細胞内で十数個から数十個が直鎖状に連なっている。個々のマグネタイト粒子は化学的に純度が高く,良好な結晶性を有する。磁性細菌は,マグネトソーム鎖を利用して自身を地磁気に配向させ,酸素濃度または酸化還元電位を感知して自らの成育に適した環境を見出していると考えられている。
  これまでマグネトソーム生合成の機構解明を目指した研究は,主に分子生物学的手法を用いて進められ,マグネトソーム生合成に関連するいくつかのタンパク質の機能が明らかにされ,それらをコードする遺伝子群のゲノム構造が明らかにされている。その反面,マグネタイト結晶が形成されるプロセスについては研究例が少なく,詳細は今もって明らかにされていない。
  磁性細菌Magnetospirillum Magnetotacticum MS-1がマグネタイト微粒子を産生する過程を明らかにするため,M. Magnetotacticum MS-1細胞内の鉄化合物をラマン分光などにより探索した。

第二章
  磁性細菌Magnetospirillum magnetotacticum MS-1の培養方法,磁性細菌細胞構成物の分離法,細胞構成物に含まれる鉄化合物の解析法について述べた。

第三章
  磁性細菌Magnetospirillum magnetotacticum MS-1がマグネタイト微粒子を産生する過程を明らかにするため,菌体内に含まれる鉄化合物をラマン分光等により探索した。これは,磁性細菌およびその細胞構成物の解析にラマン分光を用いた最初の例である。 
  菌体から分離したマグネトソーム分画からは662 cm-1と740 cm-1に二つの主要なラマンピークが観察された。662 cm-1のラマンピークはマグネタイト標準試料のラマンスペクトル等からマグネタイトに帰属された。740 cm-1はマグネタイト由来のラマンピークではない事が明らかになった。次に,740 cm-1のピークの由来について検討した。このピークは,いくつかの観察結果からフェリハイドライトに由来すると考えられた。
 
第四章
  フェリハイドライトは生物の一般的な鉄貯蔵物質として知られている。磁性細菌の細胞質分画では特に明瞭なスペクトルが観察され,740 cm-1を含めたほぼ全てのラマンピークがフェリハイドライトのラマンピークの文献値と一致した。これは,740 cm-1ラマンピークの起源成分が主に細胞質に分布していることを示しており,報告されている鉄貯蔵タンパク質の分布と一致する。マグネトソーム分画では740 cm-1のラマンピークの起源物質はマグネタイト粒子表面の脂質2重層に存在しており,鉄貯蔵タンパク質がマグネタイト合成の為の鉄を供給していると考える事ができる。
  フェリハイドライトはマグネタイト生成経路の4つの中間体(フェリハイドライト,白さび,緑さび,レピドクロサイト)の一つである。その他の中間体,白さび,緑さびおよびレピドクロサイトのラマンピークは観察されなかったが,これらを経由する生合成経路が否定されたわけではなく,中間体寿命が短いために本研究では検出されなかったという可能性は排除できない。しかし,本研究結果はマグネトソーム膜小胞でフェリハイドライトを鉄供給体として,または合成前駆体としてマグネタイトが生合成されている可能性を示唆しているといえる。

論文審査結果の要旨

 磁性細菌は,菌体内で磁石の微粒子を生合成し,地磁気を感知する微生物である。この微粒子はマグネトソームと呼ばれ,リン脂質の膜で覆われた単結晶マグネタイト(Fe3O4)からできている。この微粒子は,高い結晶性と均一な形状と粒径を持ち,工業,医療方面への応用が期待される他,微生物による鉄の結晶化の一例として関心が持たれている。以上の理由からマグネトソーム生合成の機構に関心が持たれ,多くの研究が行われている。従来の研究はマグネトソーム合成に関与するタンパク質を選別し,機能を解析することに主眼が置かれている。その結果,細胞膜から形成された膜小胞に鉄イオンが輸送され,小胞内部でマグネタイトが合成されるというモデルが提案され,各過程に関与するタンパク質が多く同定されている。一方で,鉄イオンが外界から菌体に取り込まれてからマグネタイトを形成するまでに辿る経緯については研究例が少なく,ほとんど明らかにされていない。
  本論文は,磁性細菌がマグネタイト微粒子を生合成する機構を,Fe2+がマグネタイトを形成するまでに辿る変化を追跡することで明らかにしようとしている。このような観点から,磁性細菌Magnetospirillum magnetotacticum MS-1の菌体内に含まれる鉄化合物をラマン分光により解析して,マグネタイトを示すスペクトルの他帰属不明のラマンピークを見出し,このラマンピークの帰属について検討している。その結果,このラマンピークがフェリハイドライト(5Fe2O3・9H2O)に由来するとしている。この結果は過去に行われた類似の研究と一致するものであるが,従来の解釈では、フェリハイドライトをマグネタイトの生成前駆体としているのに対し,本論文では鉄の供給体であるとする新しい解釈を打ち出している。また従来と異なる解釈を下した根拠についても考察している。
  本論文は,マグネトソーム生合成に関する従来のモデルで触れられてこなかった鉄の供給源についての知見を提供しており,博士(工学)の学位に値すると認められる。