氏    名  仲 野 祐 輔(なかの  ゆうすけ)

学位論文題目  光放射顕微鏡による遷移金属表面の仕事関数評価に関する研究

論文内容の要旨

 現在,高輝度な電子ビームを要する電子顕微鏡には ZrO/W(100)熱電界放射陰極が用いられている。この陰極では W(100)表面の仕事関数 4.65eVを,Zr酸化物で修飾することで約 2.7eVという低仕事関数を実現し,放射電流量の増加を図っている。電子顕微鏡の更なる発展のためには,ZrO/W(100)よりも低い仕事関数を持った陰極の開発が必要不可欠である。
 ZrO/W(100)に代わる陰極の模索には,安定性や雑音,寿命などの評価の前に,輝度やエネルギー幅に関与する仕事関数について知ることが重要である。この仕事関数の測定は一般的に,陰極を電界放射させたときの放射電流と印加電圧の関係から得られる Fowler-Nordheimプロットによって評価されている。しかし,この測定法には様々な曖昧さや実験的な問題点が含まれているため,得られる仕事関数値は指標値として広く認識されている。また,F-Nプロットによって得られる仕事関数は電子放射に支配された値であるため,物性値としての仕事関数とは異なってしまうことが懸念される。
 そこで,そもそも仕事関数は光電子で定義されていることから,光電子による仕事関数測定法として光電子放射顕微鏡を用いた仕事関数評価の確立を第一の目的とした。本方法では,光電子により物性値として直接的に仕事関数を測定することが可能であり,また試料表面の状態を観察しながら実験を進めることが可能である。そのため,F-Nプロットでは長時間を必要としていた低仕事関数面を形成するための加熱処理過程の知見を短時間で容易に判断することができる。本来は,光電子電流を測定し電流密度から仕事関数評価を行ないたいが,遷移金属酸化物で修飾された W(100)面は広範囲に於いて低仕事関数面の均一性が保障されている試料ではないため,電子放射面の特定とその面積の測定などの部分に困難が付きまとう。そのため,光電子電流ではなく光電子放射像の明るさから仕事関数の評価を試みた。結果としては,ZrO/W(100)低仕事関数表面の試料に於いて様々な手法によって報告されている値の 2.6〜2.7eVと本方法による測定結果が一致し,本測定法に於いて仕事関数の測定が可能であることが示された。
 第二の目的として,仕事関数低下機構が表面修飾層に於いてのみ為されるのか,基体金属の影響を含むのかを検証するため,ZrO/Mo(100)の試料に於いて検討を行った。結果としては,Wの場合と同程度の仕事関数低下量が Moに対しても得られたため,酸化物による表面修飾層に於いてのみ仕事関数の低下が為されていることが理解できた。
 次に,電界放射実験による F-Nプロットの報告では研究者によって報告される仕事関数にばらつきがあること,また低仕事関数面が得られたり,得られなかったりという差が生じているという現状がある。そこで,本測定法により全ての遷移金属酸化物に亘って仕事関数評価を行ない,仕事関数低下量の法則性や傾向を見出すことを第三の目的とした。しかし,時間的に全てについての検討は到底不可能なため,ポーリングにより示された電気陰性度と仕事関数低下量の関係性から ZrO/W(100)よりも仕事関数の低下が期待でき,報告例の少ないランタノイドに着目した。結果としては,La,Ce,Pr,Luについて実験を行ない,修飾材料と仕事関数低下量に概ねの傾向を見出すことができた。

論文審査結果の要旨

 高輝度な電子ビームを必要とする電子顕微鏡には ZrO/W(100)熱電界放射陰極が用いられている。この陰極では W(100)表面の仕事関数 4.65eVを,Zr酸化物で修飾して約 2.7eVという低仕事関数を得,放射電流量の増加を実現している。これからの電子顕微鏡の発展のためには,ZrO/W(100)より低い仕事関数を持った陰極の開発が必要不可欠である。
 ZrO/W(100)に代わる陰極の開発には,輝度やエネルギー幅に関与する仕事関数について知ることが重要である。この仕事関数の測定は一般的に,陰極を電界放射させたときの放射電流と印加電圧の関係から得られる Fowler-Nordheimプロットによって評価されている。しかし,この測定法には様々な曖昧さや実験的な問題点が含まれており,得られる仕事関数値は指標値として認識されている。
 ここで,仕事関数は光電子で定義されていることから,光電子による仕事関数測定法として光電子放射顕微鏡を用いた仕事関数評価の確立を考えた。本方法では,光電子により物性値として直接的に仕事関数を測定することが可能であり,また試料表面の状態を観察しながら実験を進めることが可能である。そのため,F-Nプロットでは長時間を必要としていた低仕事関数面を形成するための加熱処理過程の知見を短時間で容易に判断することができることを見いだした。本来は,光電子電流を測定し電流密度から仕事関数評価を行なうのだが,遷移金属酸化物で修飾された W(100)面は広範囲に於いて低仕事関数面の均一性が保障されている試料ではなく,電子放射面の特定とその面積の測定などの部分に困難が付きまとう。そのため,光電子電流ではなく,これに対応する光電子放射像の明るさから仕事関数の評価を試みた。結果としては,ZrO/W(100)低仕事関数表面の試料に於いて様々な手法によって報告されている値の 2.6〜 2.7eVと本方法による測定結果が一致し,本測定法で仕事関数の測定が可能であることを見いだした。
 次に,仕事関数低下機構が表面修飾層に於いてのみ為されるのか,基体金属の影響を含むのかを検証するため,ZrO/Mo(100)の試料に於いて検討を行った。結果としては,Wの場合と同程度の仕事関数低下量が Moに対しても得られたため,酸化物による表面修飾層に於いてのみ仕事関数の低下が為されていることを示すことができた。
 電界放射実験による F-Nプロットの報告では報告される仕事関数にばらつきがあること,また低仕事関数面が得られたり,得られなかったりという差が生じているという現状がある。そこで,本測定法により遷移金属酸化物に亘っての仕事関数評価を行ない,仕事関数低下量の法則性や傾向を見出すことを次の目的とした。しかし,時間的制約のため,ポーリングにより示された電気陰性度と仕事関数低下量の関係性から ZrO/W(100)よりも仕事関数の低下が期待でき,報告例の少ないランタノイドに着目し,La,Ce,Pr,Luについて実験を行ない,修飾材料と仕事関数低下量に概ねの傾向を見出すことができた。
 これらの研究成果は工学的知見大であり,工学博士の学位に値する。