氏    名  篠 島 弘 幸 (しのじま ひろゆき)

学位論文題目  半導体微結晶における非線形光学過程の研究

論文内容の要旨

 本研究の目的は,半導体微結晶中で発現する量子サイズ効果について調べ,微結晶中にある電子の状態を明らかにするとともに,半導体微結晶の非線形光学過程を明らかにし,さらに非線形光学効果に着目して半導体微結晶の光機能素子材料としての可能性を明らかにすることである。半導体微結晶における非線形光学過程の研究について,以下の7章で順次詳細に記述する。
 第一章は,半導体微結晶(SMC)における非線形光学過程の研究の背景について述べ,0次元系半導体SMCの物性的な特徴を示し,非線形材料としての可能性を概説する。また3次の非線形定数X
(3),吸収係数 α ,キャリア寿命 τ として, =(|X (3)|/ α τ )で定義される有能指数()による,非線形材料の評価指針について述べる。
 第二章では,SMCにおける電子状態とその非線形光学過程について有効質量近似により理論的に記述する。SMCの量子サイズ効果について述べ,本研究の実験で測定する非線形定数σ
effeff )をエネルギー緩和時間T,位相緩和時間Tを取り込んで導出する。 σeffX (3),振動子強度 ,T,Tとの関係を示し,特に2準位系におけるσeff は, とTの積に比例することを示す。
 第三章では,粒径( R )を制御して作製した多成分ガラス中CdSSe微結晶(MG-CdSSe)を試料とした吸収,発光スペクトル測定のSMC粒径依存性とSMC中の電子状態について述べる。実験ではSMCでの量子サイズ効果と の集中によるSMCの光非線形性増強の可能性を確認した。また発光やX 線分光分析の結果は,CdSSe結晶の禁制帯間に不純物や欠陥,歪等の結晶性に起因した中間準位が存在することを示唆した。
 第四章では,MG-CdSSe微結晶のT,σeff におけるSMC粒径依存性の実験とそのエネルギー緩和過程を記述する。MG-CdSSe微結晶のエネルギー緩和過程は,R が大きい場合は複雑であるが,R が数nmでは,ピコ秒のTによる2準位系モデルで記述できることが分かった。σeff は,R > α
Β(バルク励起子のボーア半径 αΒ)では大きな変化はせず,R < αΒではσeff は,R に従って小さくなった。σeff のこの変化は とT によって与えられ,位相緩和過程解明の重要性を示唆した。
 第五章では,MG-CdSSe微結晶におけるT の粒径,温度依存性を測定し,理論結果と比較してその位相緩和過程を議論する。温度18KでMG-CdSSe微結晶におけるT の粒径依存性を測定した。RΒ では,T の粒径依存性は理論結果とよく一致してR の2乗で記述され,その位相緩和は,結晶性を反映した音響フォノン散乱によって理解された。R Β では,多くのフォノン散乱を含みTR に依存して急峻に高速化し理論と実験結果は異なった。温度18Kから70KまでT の温度依存性を測定した結果,MG-CdSSe微結晶におけるT は温度の逆数に比例し理論とよく一致した。この結果から室温でのMG-CdSSe微結晶におけるT の粒径依存性を外挿し,σeff の粒径依存性と比較した結果,σeff R 依存性は,TR 依存性によるものであると推測された。σeff が f とT の積に比例し二準位系で記述されるR が数nmのSCMのT は,理論で計算される値より高速である。この相違は,電子,フォノン散乱過程を抑制し,T を長くすることによってσeff の増強が可能であることを示唆する。この知見をもとに不純物や欠陥,転位,歪を低減し,T を長くすることでSMCのσeff を増強させる機構を提案する。
 第六章では,σeff を増強させる機構の提案を検証した実験について述べる。MG-CdSSeより不純物や欠陥,転位,歪のより少ないSMCとして,高真空中でスパッタ法によるCdSe微結晶(S-CdSe)をSiO
2中に作製し,実際に結晶性が良いことをMG-CdSSeとの時間分解分光等の比較から確認した。S-CdSeのT,σeff を測定した結果,T が一桁長くなったことによるσeff の一桁の増強を確認した。
 第七章では,これまでの結果をまとめ,半導体微結晶における非線形光学過程について総括するとともに,今後の展望を述べる。

論文審査結果の要旨

 0次元系半導体である半導体微結晶では,電子はナノメートル領域に閉じ込められ,その状態密度は離散化されるため,バルク結晶とは異なった非線形光学光応答を示すと考えられる。そのため,ガラス中半導体微結晶は,極限領域で発現する量子現象を含む低次元系半導体物性の研究対象であると同時に,その量子効果を利用した非線形光素子材料としての可能性から,注目を浴びてきた。
 本論文では,半導体微結晶中で発現する量子サイズ効果について調べ,微結晶中にある電子の状態および非線形光学過程を明らかにし,さらに非線形光学効果に着目して半導体微結晶の光機能素子材料としての可能性を実験的に明らかにした。超高速光パルスを用いた実験で測定される物質の非線形定数は σeff であり,ここでは,3次の非線形現象を記述する定数として有効非線形断面積σeff を用いる。σeff の値が大きい物質ほど,非線形光学素子の性能は高い。特に2準位系では,σeff は振動子強度 と位相緩和時間T の積に比例する。
 最初に,ゾルゲル法で作成した多成分ガラス中CdSSe(MG-CdSSe)微結晶の吸収・発光スペクトル測定を行い,量子サイズ効果を確認した。また発光やX線分光分析の結果は,微結晶中に不純物や欠陥,歪等が存在する事を示唆した。
 MG-CdSSe微結晶のエネルギー緩和時間T およびσeff の粒径依存性の測定から,半径が数nmの半導体微結晶のエネルギー緩和過程は,ピコ秒程度のT を持つ2準位系モデルで記述できることが分かった。微結晶半径がバルク励起子のボーア半径αΒより大きい場合,σeff は,大きく変化しないが,αΒより小さくなると半径が小さくなるに従って減少した。この実験結果は,粒径の小さな試料において,σeff とT の積に比例するため,σeff の粒径依存性に位相緩和が大きく寄与している事を示唆した。
 そこで,半導体微結晶におけるT の微結晶半径および温度依存性を測定した。微結晶半径がαΒより大きい場合,T の粒径依存性は理論結果とよく一致し,位相緩和は音響フォノン散乱が原因と結論付けられた。また,αΒより小さい微結晶のT は,理論予想よりも小さかったため,位相緩和過程には,不純物や欠陥,歪等結晶性に起因すると考えられる,より複雑な電子,フォノン散乱過程を含むことが分かった。この結果は,電子,フォノンの散乱過程を抑制することでσeff の増強が可能であることを示唆した。 
 この考えに従い半導体微結晶におけるσeff を増強させるため,真空中でのスパッタ法によるCdSe微結晶をSiO
2中に作製した。その結晶性が良好な事を時間分解蛍光分光等により確認し,またT およびσeff を測定した結果,T が一桁長くなった事による,σeff の一桁の増強を確認した。
 以上の結果・知見から,本論文は博士(工学)論文にふさわしいと認められる。