氏    名  高 島 大 貴 (たかしま まさたか)

学位論文題目  アカハライモリの嗅上皮及び鋤鼻上皮における
        情報伝達タンパク質の遺伝子クローニングとその局在

論文内容の要旨

 
生物にとって最も原始的な感覚は環境にある化学物質の受容,つまり化学感覚である。高等生物では化学感覚は,「味」(味覚)と「匂い」(嗅覚)に区分される。後者は更に,いわゆる「匂い」と「フェロモン」に区別され,各々,嗅上皮と鋤鼻上皮で受容される。マウスなどでは鋤鼻上皮は完全に嗅上皮から独立した器官となり,匂いの受容に関与するものとは異なる2種類のGタンパク質が,空間的に分離された細胞で働いていることが報告されている。魚類は嗅上皮のみを持ち,匂い感受性の細胞とフェロモン感受性の細胞が嗅上皮に混在することが知られている。本論文では,系統学的に鋤鼻上皮が初めて現れた有尾両生類,アカハライモリを用いて,鋤鼻上皮にどのようなGタンパク質が存在しているのか,また,Gタンパク質の空間的な分布の偏りがみられるのかどうかを調べた。

 第1章では,魚類,無尾両生類,齧歯類の嗅覚器の構造と,それらの嗅覚器に発現すると報告されているGαをまとめた。また,本論文の目的を述べた。
 第2章では,本論文で用いた分子生物学的手法や組織学的手法について述べた。
 第3章では,アカハライモリの嗅覚器cDNAライブラリーからのGα遺伝子のクローニング結果を示した。一般的に,嗅覚に関与することが知られているGαolf,Gαi2,Gαo以外にも,Gαi1,Gαi3,Gαt,Gα11,Gα14をコードするGα遺伝子断片を新規に単離した。
 第4章では,ヘマトキシリン・エオジン染色によるアカハライモリの嗅覚器の構造の観察結果を示した。鼻腔を覆う上皮(嗅上皮,鋤鼻上皮,呼吸上皮)の組織形態を示した。
 第5章では,2種類の神経系マーカー抗体による免疫染色結果を示した。β-tubulin様免疫反応により,感覚上皮(嗅上皮、鋤鼻上皮)と非感覚上皮(呼吸上皮)の区別が可能であることを見出した。また,neurofilament 200(NF200)様免疫反応は主に鋤鼻上皮に観察され,感覚上皮の内,鋤鼻上皮と嗅上皮とを区別できることを示した。
 第6章では,本論文の主題である,GαoとGαq/11の免疫染色結果とその考察を示した。Gαq/11様免疫反応が鋤鼻上皮全体に観察されたのに対し,Gαo様陽性細胞が鋤鼻上皮の基底側に分布することを見出した。この結果は,鋤鼻上皮を最初に獲得した両生類から既に,Gαoの層状な分布が起きていることを示唆すると考えている。Gαq/11は鋤鼻上皮に一様に分布していた。また,鋤鼻上皮と嗅上皮の幾つかの細胞にてGαoとNF200が共在することを見出した。嗅上皮のNF200様陽性細胞は,鋤鼻系の神経細胞に類似した細胞ではないかと考えている。この結果から,両生類では鋤鼻系の神経細胞が嗅上皮に混在し,フェロモン感受性の細胞と匂い感受性の細胞が完全には分離されておらず,その情報伝達にはGαoが関与するのではないかと考えている。また,非感覚上皮の呼吸上皮にGαq/11様免疫反応を見出した。
 第7章では,本論文の内容を総括した。


論文審査結果の要旨

 
嗅覚の感覚器である嗅上皮と鋤鼻上皮の神経細胞は一般的な匂いを認識する主嗅覚系とフェロモンを認識する鋤鼻系の化学受容を担う。鋤鼻系の詳細な情報処理機構については不明な点が多い。両生類の嗅覚器は無尾目と有尾目で形態的に異なっている。無尾目のアフリカツメガエルの嗅覚器を構成する3つの憩室は各々,情報伝達タンパク質(受容体,Gタンパク質)の局在様式から,揮発性,不揮発性の「匂い」分子と,「フェロモン」分子の受容に特化した憩室ではないかと予想されている。一方,有尾目のアカハライモリの嗅覚器は嗅上皮と鋤鼻上皮から成る2つの憩室から構成されているが,各々の上皮の詳しい機能は解明されていない。現在までにアカハライモリの嗅覚器におけるGタンパク質の局在に関する報告は無い。本論文では系統発生学的に鋤鼻上皮を最初に獲得した両生類を研究対象として,嗅覚器からのGタンパク質αサブユニット(Gα)の遺伝子クローニング結果と,免疫染色によるGαo とGαq/11の局在について報告している。
 
遺伝子クローニングでは,齧歯類などでは嗅覚に関与することが報告されているGαolf,Gαi2,Gαoの他にも,Gα11などをコードする計8種類のGα遺伝子断片を新規に単離した。GαoとGαq/11の免疫染色では,それらの局在様式から,上皮内での機能分化が起きている可能性を示唆した。Gαo様陽性細胞は鋤鼻系マーカーのneurofilament 200(NF200)に対しても陽性であり,Gαo / NF200様陽性細胞は嗅上皮ではまばらに分布し,鋤鼻上皮では基底側に分布することを見出した。これらの結果から,Gαo様陽性細胞は鋤鼻系に関与する可能性,鋤鼻上皮が現れたばかりのアカハライモリの嗅上皮には鋤鼻系の神経細胞が混在している可能性,鋤鼻上皮では齧歯類と同様にGαo発現細胞が基底側に層状に分布している可能性が示唆された。また,主鼻腔の周りでは,β-tubulin様陽性の嗅神経細胞の樹状突起層とGαq/11様陽性の呼吸上皮(非感覚上皮)が交互に並んでいることが見出された。
 
有尾両生類の嗅覚系の解析は主嗅覚系のみならず,鋤鼻嗅覚系の進化を考える上で学術的に重要である。本論文はアカハライモリの嗅覚器での2種類のGタンパク質の局在様式について報告し,鋤鼻系の細胞の出現様式についての新規な知見と考察を与えており,学術的に重要な知見と判断できるので,博士(工学)の学位に値すると認められる。