氏    名  カイルル アヌアール モハマド

学位論文題目  A Study on the Formation of Organic Thin Films with
        Organic Nanoparticles and Application to Organic
        Transistor Memory
        (有機ナノ粒子を用いた有機薄膜形成と有機トランジスタメモリ
        への応用に関する研究)

論文内容の要旨

 近年,先端電子産業において有機半導体が注目を集めている。その利点は,従来の無機半導体と比較し,製造プロセスが単純であること,柔軟性に優れていること,さらには化学構造の多様性から幅広い用途に応用できる点にある。有機半導体は未だ研究段階にあるが,高速,大容量,低消費電力動作する将来の電子デバイスの候補として期待されている。これまで,多くの有機半導体材料が合成されてきたが,有機半導体デバイス内部での電荷の発生および輸送機構の詳細は解明されていない。このような背景から,有機半導体内部における電荷の振る舞いを,電荷の生成・消滅過程および電荷の捕獲・再放出過程の立場から理解する必要がある。
 本研究は,有機半導体におけるエネルギー帯構造を設計することから出発し,新しいデバイス動作を見出すことを目標とした。本研究では2つのタイプの有機半導体トランジスタ構造(OTFT)を提案した。一つは,ポリ(3−ヘキシルチオフェン)(P3HT)を電荷輸送に用いるOTFTで,その中にフラーレン誘導体ナノ粒子(PCBM)を電荷蓄積層として混入させたものである。もうひとつのタイプは,PentaceneとPCBMの積層構造で,Pentaceneを電荷輸送層,PCBMを電荷捕獲層としたものである。最初,これらの有機半導体の分子配向について,X線回折法,電子スピン共鳴法および原子間力顕微鏡を用いて解析した。PCBMが介在することで,P3HTおよびPentaceneの分子配向を制御できることを確認した。次に有機半導体およびPCBMの電子状態について,光電子分光法および紫外線吸収法を用いて解析した。その結果,P3HT/PCBMおよびPentacene/PCBMヘテロ系のエネルギー帯構造が明らかとなった。
 P3HT/PCBMとPentacene/PCBM系のOTFTのデバイス特性を評価した。P3HT/PCBM OTFTにおいて,光照射後,15.5 Vのしきい値電圧変化(ΔVth)が確認された。ΔVthは,P3HT/PCBMヘテロ界面における電荷蓄積を意味し,キャリアの緩和過程を経た電子捕獲に起因して生じるものと考えられる。また,リセット電圧印加によりΔVthの初期状態への回復がみられた。一方,Pentacene/PCBM系では,バイアス印加により2.4 VのΔVthがみられた。この場合,ゲート電圧を時間制御することによりVthを制御することができる。また,変動量はPCBMの密度を変えることにより制御できることが明らかとなった。さらには,PCBMの有無に関わらず,OTFTにおける電荷輸送速度の低下はみられなかった。
 本研究は,PCBMナノ粒子系有機トランジスタにおいて,PCBMナノ粒子を電荷保持サイトとした新規なメモリ動作を明らかにしたのみならず,次世代の有機半導体メモリが比較的単純な製造プロセスと低コストで実現可能であることを実証した点においても極めて意味があると確信する。

論文審査結果の要旨

 最先端の電子ディスプレイにおいて有機半導体材料が注目を集めている。その利点は,従来の無機半導体と比較し,製造プロセスが単純であること,柔軟性に優れていること,さらには化学構造の多様性から幅広い用途に応用できる点にある。有機半導体は,高速,大容量,低消費電力動作する将来の電子デバイスの候補として期待されている。これまで,多くの有機半導体材料が合成されてきたが,有機半導体デバイス内部での電荷の発生および輸送機構の詳細は十分解明されていない。このような背景から,有機半導体内部における電荷の振る舞いを,エネルギー帯構造から理解する必要がある。本論文は,有機半導体の電子物性からデバイス応用に関する一連の成果をまとめたものであり,8章から構成されている。
第1章「序論」では,従来の無機半導体における現状の問題点を論じ,本研究の対象である有機半導体デバイスの位置づけを明確にしている。  
 第2章「有機半導体メモリデバイスの現状」では有機半導体薄膜トランジスタ(OTFT)メモリデバイスの進展について述べ,本研究の方向性について明確にしている。
 第3章「デバイス作製および評価方法」では,OTFTの作製方法および有機半導体薄膜の物性評価手段について述べている。
 第4章「フラーレン誘導体(PCBM)を含有するポリ3ヘキシルチオフェン(P3HT)のエネルギー帯構造」では,X線回折,電子スピン共鳴および大気圧光電子分光法を用いた物性評価を行い,これらの有機半導体のエネルギー帯構造を明らかにしている。また,本研究では,PCBMのP3HTに対する混合比が最適な条件のもとで,P3HTの分子配向が揃うことも見出している。
 第5章「フラーレン誘導体(PCBM)およびペンタセン積層構造」では,理想的なヘテロ構造が構築され,その結果,OTFTにおいて,最大移動度および最大のオンオフ比が得られることを見出した。
 第6章[PCBM/P3HT混合系における光応答とメモリへの応用]では,PCBM/P3HTヘテロ構造において,PCBM側にポテンシャル井戸が存在することを見出し,その結果,光照射で誘起されたキャリアが消滅過程において準安定状態が存在することを明らかにした。
 第7章「フラーレン誘導体(PCBM)およびペンタセン積層構造OTFTメモリ」では,キャリア輸送層であるペンタセンにおいて,チャネルを走行する正孔をPCBM内に蓄積された電子が影響を与え,キャリア伝導が変化することを発見した。
 第8章「総括」では,本論文の総括および今後の展望を述べている。

 以上を要約すると,本論文は有機半導体が有する特異なエネルギー帯構造を明らかにし,その現象を有機薄膜トランジスタメモリに応用したことで,この業績は有機デバイス技術の進歩に大いに貢献するものである。よって本論文は,博士(工学)の学位論文としての価値あるものと認める。