氏    名  代   鋼 (ダイ ガン)

学位論文題目  Study on the photochemical properties of phoborhodopsin
         (sensory rhodopsin II) from Halobacterium salinarum
        (ハロバクテリウム サリナラムのフォボロドプシンの
         光化学的性質の研究)

論文内容の要旨

 フォボロドプシン(pR,センサリーロドプシンIIとも呼ばれる)は高度好塩菌の負の走光性の光受容体として機能している,微生物ロドプシンの一種類である。他の微生物ロドプシンと同様にpRは7回膜貫通型構造のタンパク質であり,全トランス型レチナールを発色団として持っている。今までpRは二種類の高度好塩菌から単離された。これらはハロバクテリウムサリナラム由来のpR (spR) とナトロノモナスファラオニス由来のpR (ppR)である。spR とppRの光化学性質にはいくつかの違いがある。本研究では微生物ロドプシンの光化学的性質とタンパク質構造の関係を知るためにspR とppRの光反応サイクルを比較検討した。
 先ずspR の低温光反応サイクルを調べた。spRは,光を受けると吸収波長の異なる準安定状態(K,L,M,O中間体)を経てもとにもとる光反応サイクルを示した。また,液体窒素温度では短波長側の光産物(P480)ができることが観察され,室温では短波長側の長寿命光産物(P370)ができることが観察された。これらの結果をppRの低温光反応サイクルと比べた。以下の様な違いが見られた。1)spRの吸収極大波長はppR より10 nm 短波長側へシフトしていること。2)spR ではP480ができたがppRでは見られないこと。3)spRの後期中間体(MとO中間体)はppRのものより安定であること。4)spRはP370を作りやすいこと。
 P480ができるのはspR の一つの特徴である。他の細菌ロドプシンで似たような光産物を作るものはこれまでの所なかった。低温実験の結果によるとP480はK中間体の光産物である。P480とspRのFTIR差スペクトルからP480が平面的な13シス型のレチナールを持っていることが示唆された。spRのN末から201番目のセリンをトレオニンに置換することによって,生成するP480の量は大幅に減少した。バテリオロドプシンとppRの対応位置のアミノ酸はそれぞれアラニンとトレオニンであり,三者の中でセリンの極性は一番高い。この結果からspRの201位置に極性の高いアミノ酸が存在することがP480が作られる主要因であると考えられる。
 P370がO中間体の産物であることを明らかにした。アルカリ性条件下やspRのN末から103番目のアスパラギン酸をアスパラギンに置換することによってspRからP370を作りやすくなった。これらの結果から103番目のアミノ酸の位置のマイナスチャージがP370の生成を抑えている可能性が示唆される。
 spRとppRのレチナール結合ポケットに存在する19個のアミノ酸の内で三つが異なっている。spRのこの三つのアミノ酸をppRのものに置換してもspRの吸収極大波長は変らなかった。この結果はこれらの三つのアミノ酸はspRとppRの吸収極大波長の違いに関与してないこと示している。


論文審査結果の要旨

 本論文で研究対象としたロドプシンファミリータンパク質(以下,ロドプシン類)は7回膜貫通型構造の膜タンパク質であり,レチナールを発色団として持っている。ロドプシン類は古細菌の細胞膜から高等生物視物質まで広い範囲から発見され,それらは光エネルギー変換や光情報伝達などの様々な機能を持つ。これらの機能は主にロドプシン類タンパク質の光化学的性質によって決定されていると考えられている。そして,ロドプシン類の光化学的性質は発色団レチナールと相互作用するアミノ酸によって決定されている。このロドプシン類の光化学的性質と特定のアミノ酸の関係についての研究はよく進んでいるが,まだ分かっていないところも残されている。
 微生物ロドプシンは全トランス型レチナールを発色団とし,光を受けると吸収波長の異なる準安定状態(K,L,M,O中間体)を経てもとに戻る光反応サイクルを行う。本論文は微生物ロドプシンの一種類であるハロバクテリウム サリナラム由来のフォボロドプシンに注目した。フォボロドプシンは高度好塩菌の負の走光性の光受容体として機能していて,微生物ロドプシンの一種類である。今までpRは二種類の高度好塩菌から単離された。ハロバクテリウム サリナラム由来のpR (spR) とナトロノモナス ファラオニス由来のpR (ppR)である。spR とppRの光化学的性質にはいくつかの違いがある。本研究では微生物ロドプシンの光化学的性質とアミノ酸の関係を知るためにspR とppRの光反応サイクルを比較検討し,次のような結果を得た。
 先ずspR の低温光反応サイクルを調べた。spRは,光を受けると吸収波長の異なる準安定状態(K,L,M,O中間体)を経てもとに戻る光反応サイクルを示した。また,液体窒素温度では短波長側の光産物(P480)ができること,室温では短波長側の長寿命光産物(P370)ができることが見出された。
 液体窒素温度で短波長側の光産物(P480)を作ることはロドプシン類でもspRのみに見られる特徴である。他の微生物ロドプシンでは似たような光産物は報告されていない。spRのN末端から201番目のセリン(S201)を親水性が低いトレオニンに置換することによって,生成するP480の量は大幅に減少した。この結果からspRの201番目の位置にある親水性の高いアミノ酸がP480生成の主要因であると考えられる。
 P370がO中間体の産物であることを明らかにした。アルカリ性条件下やspRのN末から103番目のアスパラギン酸をアスパラギンに置換することによってP370ができやすくなった。これらの結果から103番目のアミノ酸がプロトンを放出することによってP370の生成を抑えている可能性を示すモデルを提案した。
spRとppRのレチナール結合ポケットを構成する19個のアミノ酸の内3つが異なっている。spRのこの3つのアミノ酸をppRのものに置換してもspRの吸収極大波長は変らなかった。この結果はこれらの3つのアミノ酸はspRとppRの吸収極大波長の違いに関与してないことを示している。
以上,本論文に示された内容は微生物ロドプシン類の光化学的性質の生物物理学に寄与するところ大であり,よって本論文は博士(工学)の学位論文に値すると認められた。