氏    名  高 橋  司 (たかはし つかさ)

学位論文題目  アカハライモリ嗅覚特異的リポカリンの低分子化合物結合特性の評価

論文内容の要旨

 本研究の対象とするリポカリンタンパク質は8-9本のβ-ストランドで構成される樽型構造をした分泌タンパク質であり,スーパーファミリーを形成している。一般に樽型構造の内腔は疎水性アミノ酸側鎖により形成され,多くの場合,疎水性低分子化合物を結合する。これらは結合した化合物を運搬ないしは異性化するなどの機能を果たすことが知られている。嗅覚組織から単離されるリポカリンとしてOdorant-binding protein (OBP) が知られている。OBPは匂い分子の運搬役等の機能を担うと推測されているが,生理機能は未だに不明である。
 我々は,アカハライモリ (Cynops pyrrhogaster) の嗅覚組織cDNAライブラリーから2種のリポカリンタンパク質遺伝子Cp-Lip1と2を単離した。このうちCp-Lip2においては遺伝子の発現細胞の分布や低分子化合物に対する結合特性が明らかにされていることから,本研究ではCp-Lip1に焦点を絞り,Cp-Lip1の特性を解明することを目的として解析を行った。解析では,Cp-Lip1に関する組織化学的な解析と,低分子化合物に対する結合選択性を評価するための生化学的な解析を行った。種々の解析には精製Cp-Lip1が必要となるため,Cp-Lip1を大腸菌で発現させ,これを精製することとした。
 Cp-Lip1はGlutathione S-transferaseとの融合タンパク質として発現し,発現誘導後の大腸菌の可溶性画分から精製した。ゲルろ過精製時の溶出サイズと計算分子量を比較した結果,精製条件下では単量体で存在することを示した。
 組織化学的な解析では,Cp-Lip1の組織特異性と組織内の局在について評価した。嗅覚組織,脳,肝臓,腸を対象として抗Cp-Lip1血清による検出を行った結果,Cp-Lip1は嗅覚組織にのみ存在が認められた。嗅覚組織におけるCp-Lip1遺伝子の発現細胞を同定した結果では,Cp-Lip1遺伝子が嗅粘液を分泌するボウマン腺を構成する細胞のうち,背側のボウマン腺で発現することが明らかになっている。発現後のCp-Lip1タンパク質の局在を同定した結果,背側のボウマン腺及びボウマン腺に対応する位置の嗅上皮表層において強いシグナルがみられた。
 Cp-Lip1の低分子化合物に対する結合選択性を評価するため,蛍光分光法によるCp-Lip1と低分子化合物間の相互作用の解析を行った。Cp-Lip1とbis-ANSを混合するとbis-ANS由来の蛍光強度の増加がみられると同時に,トリプトファン残基の蛍光強度の減少が観察された。両蛍光強度変化をbis-ANS濃度に対してプロットした結果,蛍光強度の増加と減少に相関がみられた。このトリプトファン残基は樽型構造内腔の底部に位置することから,bis-ANSはCp-Lip1の樽型構造内腔のトリプトファン残基から蛍光共鳴エネルギー移動の可能な近傍で相互作用していると考えた。また,bis-ANSの蛍光スペクトルのピーク位置の短波長シフトが観察されたことから,Cp-Lip1との相互作用によりbis-ANSの周辺環境がより疎水性に変化したと推測される。これは樽型構造内腔が疎水的環境であることと一致する結果であり,bis-ANSが樽型構造の内腔に結合していることを支持する結果である。bis-ANSと各種化合物との結合競合実験の結果,Cp-Lip1は複素環式化合物や芳香族化合物に属する分子と高い親和性を示す一方,鎖式炭化水素やテルペノイド,脂環式化合物との親和性が低いことを見出した。この結果は環構造の関与した結合が存在することを示唆すると考えている。更に,各分子の極性表面積 (TPSA),疎水度 (LogD),分極率 (Polarizability) などの特性と結合親和性を評価した結果,ピラジン系化合物はPolarizabilityとLogD,ベンゼン系化合物及びチアゾール系化合物はTPSAとLogDが結合親和性と関係する可能性を見出した。
 次に,化合物の結合に関与するアミノ酸側鎖を探索するため,部位特異的変異導入によりE122Q及びK138A,E122Q & K138A変異体を作製し結合特性を調べた結果,各変異はCp-Lip1の構造や2-アセチルチアゾールの結合に大きな変化を与えないことが明らかとなった。
 また,本研究の結果をもとにCp-Lip1の生理機能に関して議論した。

論文審査結果の要旨

 本研究で対象としているリポカリンは原核生物から真核生物まで普遍的に存在する分泌タンパク質である。これらは複数のβ-ストランドからなる樽型構造内腔に低分子化合物を結合し,運搬ないしは異性化する機能を担うことで知られている。嗅覚組織から単離されるリポカリンとして「におい分子結合タンパク質(OBP)」があり,匂いの知覚感度の上昇に関わると推測されている。しかし,その生理機能は未だに不明であり,NMRやX線結晶構造解析によるタンパク質の立体構造解析や結合する低分子化合物の構造ー機能相関についての物理化学的解析が行われている。
 本研究では,アカハライモリ嗅覚組織由来リポカリンCp-Lip1の生理機能の解明を目的として,組織化学的解析及び大腸菌により異種発現させたCp-Lip1を精製して生化学的解析を行った。
組織化学的解析では,Cp-Lip1の組織特異性及び組織における局在を検討した。抗Cp-Lip1血清で検出した結果,Cp-Lip1が嗅覚組織特異的であり,遺伝子の発現細胞の分布と同様に背側ボウマン腺に局在していることを明らかにした。また,ボウマン腺と対応する位置の嗅上皮表層にも局在していた。この結果は,既知OBPの特性と一致し,このことからCp-Lip1が有尾両生類アカハライモリで初めて単離されたOBPであると考えた。
 生化学的解析では,基本構造が異なる低分子化合物に対するCp-Lip1の結合選択性を検討し,低分子化合物との相互作用に関わる因子の探索を行った。Cp-Lip1の低分子化合物に対する結合選択性は蛍光分子 (bis-ANS) の解離に伴う蛍光強度減少により評価した。Cp-Lip1とbis-ANSの結合解析では,bis-ANSがCp-Lip1の樽型構造内腔で結合する可能性が考えられること,解離定数が0.24μMであることを示した。bis-ANSと低分子化合物の競合解析から,化合物の基本構造により結合親和性が異なり,Cp-Lip1が低分子化合物に対して結合選択性を示すことを見出した。また,Cp-Lip1と低分子化合物間の結合親和性がμMオーダーであることを示した。
 Cp-Lip1と低分子化合物間の相互作用に関わる因子の探索は,低分子化合物の物理化学的特性とCp-Lip1のアミノ酸残基の2点から検討した。物理化学的特性と結合親和性に関して検討した結果,化合物の極性表面積,疎水度,分極率と結合親和性が関係すると推測した。このことから,Cp-Lip1と低分子化合物間の相互作用に電荷や極性が関与することが考えられる。これまで,化合物の物理化学的特性によりリポカリンと低分子化合物間の結合親和性を評価した例は無く,本解析で得た結果はリポカリン研究における新たな知見である。
 Cp-Lip1と結合親和性が高いチアゾール系化合物に共通する電荷から,相互作用に関与するアミノ酸残基を予測し,Cp-Lip1変異体を作製した。変異導入による結合親和性の変化を2-アセチルチアゾールにより評価した結果,予測した程の結合親和性の低下はみられなかった。このことから,予測したアミノ酸残基は少なくとも2-アセチルチアゾールとの相互作用に関与しないと考えられる。
以上,本研究で得られた成果はリポカリンの生物物理学的研究に寄与するところ大であり,本論文は博士(工学)の学位に値すると認められた。