氏    名  笹 山 容 資 (ささやま ようすけ)

学位論文題目  再使用型ロケットエンジンの再生冷却に影響する冷却材の化学的
        挙動に関する研究

論文内容の要旨

 従来の宇宙輸送システムはコストが高く,十分な信頼性が得られていないことから民間による需要が少なく,宇宙開発の発展を妨げる要因になっている。また,環境負荷の低減から,宇宙輸送システムに対しても再使用化やクリーン推進剤の使用が求められている。クリーン推進剤として,液化天然ガス(LNG)やバイオエタノール(BE)燃料が注目されている。LNG及びBEを燃料とするロケットでは,燃焼ガス中に煤の発生が少なく,ロケットの再使用化に適している。また,LNGは製造段階を含めてCO2排出量が少なく,BEはカーボンニュートラルであり,環境負荷の低減に効果がある。一方,これらの燃料を用いたロケットの性能も比較的高く,従来のケロシン(RP-1)燃料ロケットの性能と比較して遜色はない。
 ロケットエンジンの再使用化においては,再生冷却における冷却材の挙動が重要である。LNGやBEを冷却材として用いた場合,ロケットの高性能化(高燃焼圧化)に伴う冷却材の高温化によって再生冷却溝表面へのコーキング(熱分解に伴う煤の析出)が生じ,冷却材と再生冷却溝表面間の熱伝達率の低下や再生冷却流路の下流に位置する推進剤噴射器流路の閉塞を招く。また,再生冷却溝にサルファアタック(含有硫黄成分による腐食)が発生し,その金属材料の構造強度を低下させる。これらが原因となって再使用性(耐久性)や信頼性が低下する。
 本研究ではLNG及びBE燃料を用いてコーキングやサルファアタックが再生冷却に与える影響を解明することを目的としている。更に,両現象を抑制する手法を提案し,その有効性を実証した。
 コーキングに関する研究の結果,LNG,BE共に熱分解に伴う炭素の析出が再生冷却性能の低下と推進剤噴射器流路の閉塞に繋がる危険性を示した。再生冷却溝金属には触媒効果があるため,熱分解が生じない冷却材温度はLNGでは約600[K],BEでは約550[K]であった。また,再生冷却溝金属表面にグラファイトコーティングしてコーキングを抑制する手法を提案し,熱分解が生じない温度を約100[K]上昇できた。
 サルファアタックに関する研究の結果,LNGでは腐食による再生冷却溝金属表面の組成変化と引張強度の低下が確認でき,再生冷却性能や構造強度の低下に繋がる恐れを示した。更に400[K]でも金属硫化物を確認でき,サルファアタックは低温でも進展する可能性を示した。BEでは,再生冷却溝金属表面への硫黄の付着を確認し,腐食反応への進展を示した。また,再生冷却溝壁に金メッキしてサルファアタックを抑制する手法を提案し,サルファアタックを抑制する効果を実証した。
 本研究成果に基づいて,コーキング,サルファアタックが影響しない冷却材最大温度に対する燃焼ガス圧力はLNG 1ton級エンジンでは約36[MPaA],BE 600kg級エンジンでは約26[MPaA]まで上昇可能と予測され,信頼性,再使用性を維持した上で高性能化が可能であることを示した。また,本研究成果はジェットエンジンや多様なパワープラントの再生冷却にも広く適用できる。

論文審査結果の要旨

 地球上のパワープラントにおいては,既に耐環境性や安全性に対する対策が重要になっているが,宇宙輸送システムにおいても環境負荷低減の対策として,再使用化やクリーン推進剤の使用が求められている。クリーン燃料の代表的なものとして,液化天然ガス(LNG)とバイオエタノール(BE)がある。LNGは燃焼ガス中の煤発生が少なく再使用化に適し,製造段階も含めてCO2排出量が少ない。一方,BEはカーボンニュートラルであることから環境負荷の低減ができ,ケロシン(RP-1)燃料と同程度の性能である。
 ロケットエンジンの再使用化では,燃焼器の再生冷却材である燃料の化学的挙動が極めて重要である。LNGやBEを冷却材に用いる場合,エンジンの高性能化(高燃焼圧化)に伴う冷却材の高温化によって冷却溝表面へのコーキング(熱分解に伴う煤の析出)が生じ,冷却材と冷却溝表面間の熱伝達率の低下や再生冷却溝下流に位置する噴射器流路の閉塞に繋がる可能性がある。また,両燃料に含まれる硫黄成分による再生冷却溝へのサルファアタック(腐食)が発生し,金属材料の構造強度を低下させる。これらは再使用性(耐久性)や信頼性を低下させる。
 本研究は,両燃料をロケットエンジンに適用することを目的として,燃焼器の再生冷却に伴う化学的挙動を実験的に解明し,分析と解析を行い,設計基準を示している。
 具体的には,LNG,BEの熱分解炭素の析出による冷却性能の低下と噴射器流路の閉塞に繋がる可能性を定量的に示した。冷却溝金属の触媒効果によって,熱分解が生じる温度は低下するが,その温度は,LNGでは約600[K],BEでは約550[K]であることを明らかにした。また,冷却溝金属表面にグラファイトコーティングを施し,熱分解が発生しない温度を約100[K]上昇出来る抑制対策を提案した。
 LNGとBEは微量の硫黄成分を含有しており,このサルファアタックによる冷却溝金属表面の組成変化と引張強度低下を確認し,冷却性能や構造強度の低下を示した。特に,LNGでは400[K]でも金属硫化物を確認し低温での腐食の可能性を示した。BEについては,冷却溝金属表面に硫黄が付着し,腐食反応を示すことを明らかにした。また,冷却溝壁に金メッキを施すことによって腐食を抑制する手法を提案し,その効果を実証した。
 本研究の成果を実際の小型ロケットエンジンに適用した解析を行い,1ton級のLNG エンジンでは約36[MPaA],600kg級BEエンジンでは約26[MPaA]まで燃焼ガス圧力を上昇しても,コーキングやサルファアタックによる影響がないことを示し,信頼性と再使用性を維持して高性能化が可能であることを示唆した。 また,本研究の成果は,多様なパワープラントの冷却に広く適用でき,再生冷却におけるLNGとBEについての基盤技術と具体的な設計基準および実施可能な対策を示した。
 以上要するに,本研究はクリーン燃料をエンジンに適用するための基盤技術を示しており,新規性が認められる。この研究成果は実際のエンジン設計基準として採用されている。よって著者は博士(工学)の学位を授与される資格があるものと認められる。