氏    吊  関   千 草 (せき ちぐさ)

学位論文題目  ヘテロ原子を含む生理活性化合物の上斉合成に
        関する研究

論文内容の要旨

 椊物,動物,微生物などが,その生命の営みの中で生産し,代謝する有機化合物は,アルカロイドや天然有機化合物と呼ばれ,いずれも特殊な生理作用を有するものである。今日,医療の現場で合成医薬品は数多く用いられているが,抗がん作用を示すアルカロイド等をモデルにして,有効な物質を有機合成により選択的にかつ効率的に合成することが求められている。本研究は,ヘテロ原子を含む生理活性化合物の新しい上斉合成法を提案するものである。
1.キラルな有機配位子をもつ上斉金属触媒を用いる 1,2−ジヒドロピリジン類の Diels−Alder(D−A) 反応を開発し,生理活性アルカロイドの合成中間体である光学活性イソキヌクリジン誘導体を効率的に合成することができた。上斉金属触媒のキラル配位子として(R,R)-TADDOL(30 mol%)を用いた1,2−ジヒドロピリジン類と N−アクリロイルオキサゾリジノン誘導体とのDA反応では,目的とする光学活性イソキヌクリジン誘導体を良好な化学収率(85%)と上斉収率 (up to 74% ee) で得ることができた。
2.キラルなルイス酸触媒とキラルなジエノフィルとを組み合わせることにより,上斉誘導が重複され,高い立体選択性でDiels−Alder (D−A) 反応の環状付加体を得ることができる。上斉触媒として(R,R)-TADDOL /Ti(OPri)2Cl2(30 mol%)存在下,1,2-ジヒドロピリジン類とキラルなジエノフィルとのD−A 反応において,トルエン溶媒系で高立体選択的 (up to 92% de) に光学活性イソキヌクリジン誘導体を得た。さらに,上斉触媒として(S,S)-Bisoxazoline/Cu(OTf)2(30 mol%)存在下,ジクロロメタン溶媒系で1,2−ジヒドロピリジン類とキラルなジエノフィルとのD−A反応が進行し,高立体選択的 (up to 97% de) に光学活性イソキヌクリジン誘導体を得ることができた。これらの上斉触媒は,非共有結合部位を有する6配位型(チタン)および4配位型(銅)の金属触媒であり,ジエノフィルの2つの酸素原子と金属とが錯形成し立体制御を行うことにより,1,2−ジヒドロピリジン誘導体が立体選択的に反応して,優れた上斉収率が得られたことが本研究により示唆された。本研究は,上斉金属触媒を用いて 1,2−ジヒドロピリジン類とN−アクリロイルオキサゾリジノン誘導体とのD−A 反応により光学活性イソキヌクリジン誘導体を得るための優れた合成手法を開発したものである。
3.(S)−セラシニンや(S,S)−ホマリンは,抗腫瘊活性などの生理活性を示すポリアミンアルカロイドの一種である。椊物から抽出されるポリアミンアルカロイドは微量であり,生理活性の研究や医療への応用には簡便な新しい合成方法の開発が必要である。本研究では,(S)−セラシニンや(S,S)−ホマリンのように (S)−β−アミノ−β−フェニルプロピオン酸部分を骨格内に持つポリアミンアルカロイドの合成前駆体となる β−アミノ酸誘導体を高収率かつエナンチオ選択的に得るための上斉共役付加反応を検討した。キラルな硫黄官能基を有するN−(E)−シンナモイル−(1S)−2,10−カンファースルタムとピペリダジンまたはピラゾリジンとの共役付加反応により,対応するキラルなβ−アミノ酸誘導体を高立体選択的 (up to 86% ee) に合成することができた。本研究により,(S)−セラシニンや(S,S)−ホマリンのような構造を有するポリアミンアルカロイド合成のための重要な中間体であるβ−アミノ酸誘導体を簡便に合成する方法を開発することができた。
4.キラルな官能基としてL−(+)−乳酸部分を有するN−置換ポリピロールの高分子膜で修飾した電極上に金属パラジウムを胆持させることにより,上斉水素化が可能な反応系を構築した。α−ケトエステルであるベンゾイルギ酸メチルエステルおよびブチルエステルを水素化対象化合物として選択し,エタノール−塩酸緩衝液中でPLPy(Pd)電極による触媒的上斉水素化反応を行い,相当する上斉水素化生成物として(R)−(−)−マンデル酸メチルエステルおよびブチルエステルをエナンチオ選択的に,好化学収率で合成することに成功した。

論文審査結果の要旨

 椊物,動物,微生物などが,その生命の営みの中で生産し,代謝する有機化合物は,アルカロイドや天然有機化合物と呼ばれ,いずれも特殊な生理活性作用を有するものである。今日,医療の現場で合成医薬品は数多く用いられているが,抗がん作用を示すアルカロイド等をモデルにして,有用な物質を有機合成により選択的にかつ効率的に合成することが求められている。
 本論文の第1章では,ヘテロ原子を含む生理活性化合物の合成研究の背景を述べたあと,上斉合成反応場の設計について整理している。本研究の目的は,上斉修飾基および上斉触媒を利用して生理活性化合物の「左手型《と「右手型《とを選択的に創り分けるための上斉合成反応を開発し,有用な生理活性物質を合成することである。
 第2章では,キラルな官能基としてL−(+)−乳酸部分を有するN−置換ポリピロールの高分子膜で修飾した電極上に金属パラジウムを胆持させることにより,上斉水素化が可能な反応系を構築した。α−ケトエステルであるベンゾイルギ酸メチルエステルおよびブチルエステルを水素化対象化合物として選択し,エタノール−塩酸緩衝液中でPLPy(Pd)電極による触媒的上斉水素化反応を行い,相当する上斉水素化生成物として(R)−(−)−マンデル酸メチルエステルおよびブチルエステルをエナンチオ選択的に,好収率で合成できることを示している。
 第3章では,キラルな有機配位子(R,R)-TADDOL(30 mol%)をもつ上斉金属触媒を用いる 1,2−ジヒドロピリジン類の Diels−Alder反応を開発し,生理活性アルカロイドの合成中間体である光学活性イソキヌクリジン誘導体を良好な化学収率(85%)と上斉収率 (up to 74% ee) で得ることができた。さらにキラルな有機配位子をもつ上斉金属触媒としての機能性について,新しいコンセプトを提案している。
 第4章では,キラルなルイス酸触媒とキラルなジエノフィルとを組合わせることにより,上斉誘導が重複され,高い立体選択性で Diels −Alder (D−A) 反応の環状付加体が得られることを明らかにした。上斉触媒として(R,R)-TADDOL/Ti(OPri)2Cl2(30 mol%)存在下,1,2-ジヒドロピリジン類とキラルなジエノフィルとの D−A 反応において,トルエン溶媒系で高立体選択的 (up to 92% de) に光学活性イソキヌクリジン誘導体を得た。さらに,上斉触媒として(S,S)-Bisoxazoline/Cu(OTf)2(30 mol%)存在下,ジクロロメタン溶媒系で1,2−ジヒドロピリジン類とキラルなジエノフィルとの D−A 反応が進行し,高立体選択的 (up to 97% de) に光学活性イソキヌクリジン誘導体を得ることができた。これらの上斉触媒は,6配位型(チタン)および4配位型(銅)の金属触媒であり,ジエノフィルの2つの酸素原子と金属とが錯形成し立体制御を行うことにより,1,2−ジヒドロピリジン誘導体が立体選択的に反応して,優れた上斉収率が得られたことが本研究により示唆された。
 第5章では,(S)−セラシニンや(S,S)−ホマリンなど,抗腫瘊活性を示すポリアミンアルカロイドの簡便な新しい合成方法の開発について検討し,β−アミノ酸誘導体を高収率かつエナンチオ選択的に得るための上斉共役付加反応を開発している。キラルな硫黄官能基を有する N−(E)−シンナモイル−(1S)−2,10−カンファースルタムとピペリダジンまたはピラゾリジンとの共役付加反応により,対応するキラルなβ‐アミノ酸誘導体を合成することができた。
 以上から,本論文は,上斉修飾基および上斉触媒を利用して「ヘテロ原子を含む生理活性化合物を上斉合成する《ための新規な上斉反応場の設計と有機合成法を提案しており,有機合成化学分野への貢献が大であることから,博士(工学)の学位に値すると判断される。