氏    吊  山 﨑 隆 喜 (やまざき たかよし)

学位論文題目  芳香族ポリエステルの分子構造制御による光学
        樹脂への応用

論文内容の要旨

 耐熱ポリマーとしてガラス転移温度(Tg)が190℃以上のポリエーテルイミド(PEI),ポリサルフォン(PSU)やポリアリレート(PAR)等が知られている。これらのポリマーはビスフェノールA構造を主鎖骨格に持つ非晶性の熱可塑性樹脂である。しかし,熱溶融時の流動性が低いためペレット化には300℃以上の高温成形が必要になり,このため琥珀色か淡黄色に着色した樹脂ペレットが市販されている。これらのような耐熱樹脂をレンズなどの光学材料として用いるには無色透明にする必要があるため,本研究ではPARに着目し,高温着色の原因解明とその抑制法の確立を目指すとともに,光学材料,特に耐熱プラスチック光ファイバー(POF)への応用を検討した。
 ビスフェノールAと塩化イソおよびテレフタロイルから界面縮合重合法で合成したPARは耐熱性に優れた樹脂として知られているが,溶融時の流動性が低いため,高温成形が必要になり,その結果,淡黄色に着色している。本研究では,その着色は,PAR分子鎖末端のフェノ<巨ォヒドロキシル基が高温下で空気酸化されて生成したフェノキシラジカルに起因すること,およびその着色抑制にはPAR合成時にそのヒドロキシル基を塩化ベンゾイル:BCでエステル化(これを末端封止:ECと呼ぶ)する方法,またはポリマー生成後に末端をBCで封止する方法がその酸化を抑制し,無色透明の耐熱樹脂:PARECが得られることを見いだした。更に,この末端封止処理を重合時とポリマー生成後の二段階で行うことで,最適な分子量のPARECが得られることも明らかにした。このPARECを使用してCDおよびDVDの読み取りレーザの波長に対応する780 nmで約0.5 dB/m,650 nmで約1 dB/mの伝送搊失値を示す耐熱透明POFの試作にも成功した。この特性から,本POFは,耐熱性が要求される自動車や航空機などの移動体通信ケーブルに新展開できる可能性が有ると言える。また,用途展開をするうえで光学材料としての特性を向上させることが必要であるため,流動特性向上や更なるアモルファス化の検討も行った。その結果,ビスフェノールユニットの置換基の対称性を崩すことが最も効果的な方法であることをXRDパターンから確認し,PMMAと同レベルの散乱強度のポリマーを得ることができた。更に,工業的にも重要な水分の役割についてPARECを通して研究し,PAREC中での水分子の状態が特殊なものであることを見出した。末端封止したPARECをジクロロメタン溶媒に溶解させ室温でシャーレを用いてキャストフィルムを作製し,そのキャストフィルムがシャーレ表面のガラス剥離をする現象を発見した。その剥離力発現機構についての考察も行った。

論文審査結果の要旨

 代表的な光学樹脂として,ポリメチルメタクリレート(PMMA),ポリカーボネート(PC)および環状脂環式ポリマー(COC)などが良く知られているが,これらの耐熱温度,即ちガラス転移温度:Tgは100・50℃で比較的に低く,従って,170℃以上の条件下で長期連続使用が要求される自動車や航空機用などの通信ケーブル用としてのプラスチック光ファイバー(POF)樹脂には向かないので,現在新規の軽量な耐熱・透明な樹脂の開発が強く望まれている。
0  本論文の第1章では,従来の光学樹脂と耐熱樹脂を整理し,本研究の目的である「高耐熱性光学樹脂《の開発が強く望まれる背景と本研究の目的について述べ,さらに本研究の研究対象である芳香族ポリエステル(ポリアリレート:PAR)について,耐熱性に優れた樹脂(Tg: 約190℃)ではあるが,高温溶融成形時における着色が著しいなど,光学樹脂として利用するために必要な検討課題を述べている。
 第2章では,PARの高温成形時に生じる着色の原因を明らかにするために,PARのモデル化合物およびフェノキシ末端が過剰なPARを新たに合成し,これらの熱処理前後で電子スピン共鳴法および紫外可視吸収法を用いてより詳細に調べた。その結果,着色原因の定説となっていたフリース転移説とは全く異なる,PARポリマー鎖の末端に存在するフェノキシ基の空気酸化によって生じたフェノキシラジカルが着色の原因となることを初めて明らかにした。更にそのフェノキシ基をベンゾイル基でエステル化,すなわち末端封止処理するとフェノキシラジカルの生成を大幅に抑えることができ,その結果,熱処理時の着色を劇的に低減させられることを見出した。
 第3章では,第2章で合成した末端封止PARECを用いて自作の大型複合紡糸機による溶融紡糸を試みた。このPARECは,従来のPARと比較し,末端封止処理によって高温溶融温度における着色の大幅な低減と溶融粘度の低下が達成されたため,高耐熱プラスチック光ファイバー(POF)の作製を初めて可能にした。このPOFは,DVDおよびCDに使用されている波長である650 nmで約1.0 dB/m,波長780 nmで約0.5 dB/mの伝送搊失値を示し,さらに従来のPOF(ガラス転移温度:Tgが約100℃)と比べ耐熱性を70℃以上向上させることができた。
 第4章では,光線透過率の更なる向上を目指し,PARECの結晶化を抑制するために効果的なモノマーユニットの分子構造およびモノマー組成比を検討した。その結果,PARECを構成するモノマー単位の一つであるビスフェノールに嵩高さが大きく異なる2つの置換基を導入して構造を非対称化すること,およびもう一方のモノマー単位である2種の芳香族ジカルボン酸塩化物(isoおよびtere)の重合仕込みモル比を7:3にした場合に最も高い非晶性を示すことが明らかになった。これにより,耐熱性光学樹脂の非晶化に関する分子設計指針を提案できたとともに,光学樹脂の代表であるPMMAに相当する非晶性を示す新規耐熱性光学樹脂を新たに得ることに成功した。
 第5章では,樹脂の成形加工に重要な役割を果たす水分子とPARECとの相互作用を詳細に検討するとともに,PARECのキャストフィルム作製時におきるガラスシャーレ表面の剥離現象を関連付けて考察した。その結果,PAREC中の水分子は,ポリマー鎖末端ではなく分子内もしくは分子間の2つのエステル基がサンドイッチ型に強固に補足されていることが示唆された。更にフィルム作製時には,この水分子がポリマー鎖から引き離され上安定状態をとるため,ガラス表面のシラノール性水酸基(≡SiOH)を水分子とみなして強固に結合し,これがガラス表面の剥離を引き起こしたものと推定した。
 第6章では,本学位論文を総括し,本分野の展望について述べている。
 以上から,本論文は,耐熱性樹脂として知られている芳香族ポリエステルに関して,高温溶融成形時における着色の原因解明とその阻止方法,高耐熱POFの作製,非晶化を目指した分子設計指針,キャストフィルム作成時におきるガラス基盤表面の剥離現象を詳細に検討した結果に基づき,従来にない高耐熱性光学樹脂の開発法を提案しており,高分子機能化学分野への貢献が大であることから,博士(工学)の学位に値すると判断される。