氏    名  横 山 裕 樹(よこやま ひろき)

学位論文題目  初期視覚野における非線型ニューロン応答特性の分析手法及び
        学習モデルに関する研究

論文内容の要旨

 近年の計測技術の進歩により,脳の視覚機能について様々な知見が得られている。しかしながら,非線型で確率的に応答するニューロンの特性を適切に記述し,実験データからそのパラメータを推定することは未だ困難な課題である。また,その特性が脳内の神経回路において計算論的にどのような役割を持つかについても,様々なモデルが提案されているが,未だ未解決な問題も存在する。
 以上のような背景の下で,本研究は大きく分けて二つの課題に取り組んでいる。

 一つは初期視覚野の応答特性を記述するモデルと,それに基づく電気生理的な実験手法の提案である。まずニューロン応答特性を,非線形関数とシグモイド状の変調,そしてポアソン的なスパイク生成過程のカスケード接続でモデル化した。また非線形関数をヒルベルト空間上のベクトルと考え,入力パターンの分布に基づく位相構造を定義した。この定式化の下で,非線型関数を区分関数として表現し,各領域について基底関数の線型和として推定する手法を提案した。さらに,提案手法を複雑型細胞のモデルを用いて数値実験による検証を行い,従来の機能的サブユニットに類似する要素の抽出ができることを示した。

 もう一つは初期視覚野の計算モデルに関する研究である。初期視覚領野における受容野の自己組織的獲得や,領野間の双方向性結合の役割は,生成モデルの枠組みで説明されることが多い。Olshausenらは,入力パターンが一度に少数の線型基底で表現されるというスパースコーディング仮説を提唱し,単純型細胞のGabor関数状の受容野獲得を説明した。しかし一方で,ニューロン応答は非線型であるため,この枠組みにおける非線型性の役割についても理解する必要がある。本研究では非負制約のある生成モデルにカーネル法を導入し,ニューロン応答の非線型性が応答特性や受容野獲得に及ぼす影響について検証した。求心性経路がexpansiveな非線型伝達特性を持つとき,自然画像による学習後のニューロン応答は制約なしでスパースになり,Gabor関数状の受容野を獲得した。この結果より,変数の非負性とexpansiveな非線型性という生理学的に妥当な仮定によって,応答のスパース性とGabor関数状の受容野獲得が説明できることが示された。


論文審査結果の要旨

 近年の計測技術の進歩により,脳の視覚機能について数多くの知見が得られている。しかし,その機能素子であるニューロン(神経細胞)は非線形で確率的に振る舞うため,実験データからその特性を推定し,パラメータを適切に記述することは未だ困難な課題である。また,こうした複雑なニューロン特性が,脳機能の実現においてどのような役割を果たしているのかも未解決の問題である。こうした諸課題の解決においては,非線形な確率システムであるニューロンの,理論的研究の果たす役割が大きい。これらの背景をふまえ,本論文では,初期視覚野のニューロン応答を記述する数理モデルを構築し,その理論解析に基づいてパラメータの推定手法を提案するとともに,こうしたニューロン特性が脳の情報処理機能を実現する上でどのような役割を担うのかについて議論している。
 初期視覚野のニューロン特性は,比較的低次の非線形性を仮定することで,逆相関法を用いて推定することができる。しかし,より高次の非線形応答特性を分析するための統一的な手法は存在しない。本論文では,ニューロンの非線形特性を局所的な区分線形関数で表現し,線形カーネルを同定する逆相関法を適応的に繰り返すことで,ニューロン特性の推定が可能であることを示している。また,初期視覚野のニューロンモデルを用いた数値実験を行い,その妥当性を示している。この手法は,高次モーメントの推定を必要としないため,実際の電気生理学実験でも適用可能な,実際的な手法であるといえる。また,ニューロンの持つ非線形特性が,受容野の自己組織的獲得や,領野間の双方向性結合に果たす役割についても検討を行っている。本論文では,非負制約のある生成モデルにカーネル法を導入することで,ニューロン応答の非線形性が受容野獲得に果たす役割を数理的に解析している。その結果,ニューロンの集団的応答のスパース性や,Gabor関数状の受容野といった初期視覚領野で一般的に見られる特性が,生理学的に妥当な特性によって自然に獲得されることを示している。ここで導入されたカーネル法を用いた解析手法は,ニューロンの非線形特性が持つ機能的意味を探るうえで重要な役割を果たしており,脳機能の計算論的理解に大きく寄与することが期待できる。
 以上のことから,本論文は,計算論的神経科学分野の進展に寄与するところが大きく,博士(工学)の学位に値するものと判断する。