氏    名  松 井 一 樹(まつい かずき)

学位論文題目  非充填スクッテルダイト化合物の圧力誘起構造変化

論文内容の要旨

 カゴ状物質である非充填スクッテルダイト化合物は体心立方晶系(空間群:Im3)の結晶構造を持ち,一般形がTX3または□T4X12T=Co,Rh,Ir,X=P,As,Sb,□は空隙を表す)で表される。T 原子は空間座標(1/4,1/4,1/4)に位置し,12個のX 原子が体心立方の体心位置を中心とした正20面体のカゴを形成して配列しており,その中心は空隙となっている。このカゴ内部の空隙は,YbxCo4Sb12などに代表されるように,一つの希土類イオンが充填できるほど大きく,結晶構造内に大きな空隙を有する結晶構造となっている。また,カゴを形成する原子間(X-X 原子間)の強い共有結合のため,これまでは,原子密度の低い結晶構造であるにもかかわらず,非常に高い圧力まで安定な結晶構造が保たれることが報告されていた。ところが,最近の高圧下粉末X線回折実験から,非充填スクッテルダイト化合物CoSb3の圧力誘起構造変化が報告された(Kraemer et al., Phys. Rev. B, 75 (2007) 024105.)。この論文では,不可逆的な圧力−体積曲線と加圧後にセル体積が増大する異常が報告されており,カゴを形成している一部のSb原子がカゴ内部の空隙に押し込められた,”自己充填反応(self-insertion reaction)”モデル(□Co4Sb12→SbxCo4Sb12-x)で説明できることを提唱している。実際に提唱されているモデルの現象が起こっていると仮定すると,カゴ内部に充填されたSb が,YbxCo4Sb12などの充填スクッテルダイト化合物で見られているような,顕著な非調和局所振動(ラットリング)を起こす可能性があり,ラットリングによって他原子のフォノンが散乱され,熱伝導率κを低減させることが期待でき,熱電性能Z(=S 2σ/κ;S,σ,κはそれぞれゼーベック係数,電気伝導率,熱伝導率)を向上させると考えられる。しかし,約40GPa(=40万気圧)の高い圧力下で起こる現象であるため,実験の困難さから,ほとんど詳細な研究はされていなかった。
 我々は,測定精度を上げるため,Kraemerらの研究で用いられていた管球X線よりもはるかに高輝度な放射光X線を用いて実験を行い,高圧下でも回折ピークの強度比の議論ができる十分なデータを得ることに成功し,より精度の高い実験結果から自己充填反応の妥当性を確認した。また,CoSb3と同じ結晶構造を持つRhSb3,IrSb3T As3T=Co,Rh,Ir)でも同様の現象が起こることを初めて示し,非充填スクッテルダイト化合物の高圧下における結晶構造の不安定性について,系統的に評価することが可能となった。さらに,RhSb3については,初めて非充填スクッテルダイト化合物における圧力誘起構造崩壊(アモルファス化)を観測した。自己充填反応は室温以上の温度ではより低い圧力で起こることも確認されており,高温圧力処理により熱電特性を向上させる可能性を示した。これは次世代熱電変換材料開発に新たな指針を与えるものであると考えられる。


論文審査結果の要旨

 典型的なカゴ状物質である非充填スクッテルダイト化合物の室温及び高温における高圧下粉末 X 線その場観察実験を行い,高圧下における結晶構造の不安定性を系統的に調べることを目的とした。
 希土類元素を含むカゴ状物質は,強相関電子系特有の異常物性を示すことから物性物理学分野の研究者の注目を集めている。また,カゴ状物質のカゴ中で弱く結合した希土類イオン(ゲストイオンと呼ばれる)が,大振幅の非調和局所振動(ラットリング)を起こすことで,格子熱伝導率が著しく低減され,優れた熱電特性を示すことから熱電変換材料への応用も期待されている。多くのカゴ状物質はゲストイオンがなければ,結晶構造を安定して保つことができない。しかし,非充填スクッテルダイト化合物は,充填スクッテルダイト化合物のゲストイオンがない状態に相当するが,安定した結晶構造を保つことが可能である。したがって,本論文が研究対象とした非充填スクッテルダイト化合物はカゴ構造そのものの安定性を研究する上で,非常に重要な系であると考えられる。先行実験で非充填スクッテルダイト化合物 CoSb3 の不可逆的な圧力−体積曲線と加圧後にセル体積が増大する異常が報告され,この現象はカゴを形成している一部の Sb 原子がカゴ内部の空隙に押し込められた,「自己充填反応」モデルで説明できることが提唱されていた。カゴ中に Sb が自己充填され,ゲストイオンとして振舞うならば顕著なラットリング効果が期待でき,高効率熱電変換材料への応用が期待される。本論文では,まず CoSb3 における異常現象の検証を,高輝度放射光を用いた超高圧下粉末 X 線回折実験を行い,超高圧下でも回折ピークの強度比の議論が可能な,精度の高いデータを得ることに成功し,実験結果と計算機シミュレーションの解析結果との比較を行うことで,自己充填反応の妥当性を確認した。さらに,CoSb3 と同じ結晶構造を持つ RhSb3,IrSb3T As3T=Co,Rh,Ir)においても同様の現象が起こることを発見し,非充填スクッテルダイト化合物の高圧下における結晶構造の不安定性について,系統的に評価することを可能にした。さらに,RhSb3 については,初めて非充填スクッテルダイト化合物における圧力誘起構造崩壊(アモルファス化)の観測に成功した。また,自己充填反応は室温以上の温度ではより低い圧力で起こることも確認しており,高温高圧処理により熱電特性を向上させる可能性を示した。これは次世代熱電変換材料開発に新たな指針を与えるものであると考えられる。
 以上から,本論分は非充填スクッテルダイト構造の不安定性に関する新たな知見を与えるものであり,ラットリング効果等のカゴ状物質に特有な現象の理解に大きく寄与するものである。また,高温高圧処理により熱電特性を向上させる新たなプロセスを提案しており,熱電技術分野への貢献が大であることから,博士(工学)の学位論文に値すると判断される。